CJEUディアラ判決とRSTP改定について
2024年12月、FIFAは、サッカー選手の移籍等に関する包括的なルールを定めるRegulations on the Status and Transfer of Players(RSTP)の一部を実質的に改定する仮の規制枠組み(interim regulatory framework)を発表しました。改定されたのは、正当な理由のない契約破棄の場合の賠償やスポーツ上の制裁について定めるArticle 17及びそれに関連する諸規定です。
今般の一部改定の原因となったのは、FIFAが公表した説明文にも明示されているとおり、2024年10月4日に欧州連合司法裁判所(CJEU)によって出されたラサナ・ディアラ選手のケースに関する判決です(Judgement of 4 October 2024, Fifa v BZ, C-650-22, EU:C:2024:824)。
本稿では、この判決の内容について解説し、それを踏まえたRSTPの改定点等について検討したいと思います(以下の解説等においては、CJEUの判決で示された事実関係等を前提にしております。判決の原文は、こちらから確認できます。https://curia.europa.eu/juris/documents.jsf?num=C-650/22)。
【事案の概要】
フランス代表経験もあるラサナ・ディアラ選手は、2013年にロシアのクラブであるロコモティブ・モスクワと4年契約を締結しました。しかし、2014年8月、ロコモティブ・モスクワ側から、ディアラ選手の素行に関連した理由により契約を解除されました。ロコモティブ・モスクワは、ディアラ選手に対し、2000万ユーロの賠償を求めて、FIFAの紛争解決部門であるDispute Resolution Chamber への申立を行いました。
このような状況下で、2015年2月、ディアラ選手は、ベルギーのクラブからオファーを受けました。ただし、その際、クラブ側は、オファーの条件として、ディアラ選手が公式戦に出場できること、ロコモティブ・モスクワへの賠償に関する連帯責任を負わないことの確約を求めました。
そこで、ディアラ選手は、FIFAとベルギーサッカー協会に対し、自身が公式戦に出場できること、オファーを出しているベルギーのクラブがロコモティブ・モスクワへの賠償について連帯責任を負わないことの保障を求めました。しかし、FIFAは、これらの点について、適切な決定主体のみが決められる問題であるとして、ディアラ選手が求める保障をしませんでした。また、ベルギーサッカー協会は、ロコモティブ・モスクワが発行する国際移籍証明書がなければ、ディアラ選手をベルギーのクラブに登録できない旨を回答しました。
結果として、ディアラ選手は、2015年2月にオファーを出したベルギーのクラブと契約を締結することはなく、2015年7月にフランス国内のクラブとの契約に至りました。
このような経緯の後、ディアラ選手は、2015年12月、ベルギーの裁判所において、FIFAとベルギーサッカー協会を相手取り損害賠償を求める申立を行いました。その主張の要旨は、FIFAとベルギーサッカー協会の誤った取扱いの結果として、ディアラ選手が600万ユーロの損害を被ったというものです。
ベルギーでの第一審での手続では、FIFAとベルギーサッカー協会に対し、ディアラ選手への損害賠償の支払いが命じられました。
そのため、FIFA側が控訴しました。これに対し、ディアラ選手も控訴し、その際に、FIFAが定めるRSTPのルールの一部が、欧州連合の機能に関する条約(TFEU)45条(労働者の移動の自由)及び101条(協調的行為等の禁止)に違反すると主張しました。
ベルギーの控訴審裁判所は、この点に関する判断を欧州連合司法裁判所(CJEU)へ付託しました。
ディアラ判決は、このような経緯を経て、CJEUが、RSTPのルールに関するTFEUとの適合性を判断した判決となります。
【判決内容】
結論から述べると、CJEUは、FIFAが定めるRSTP17条(正当理由のない契約破棄の場合の賠償等に関するルール)及び関連する諸規定について、TFEU45条及び101条のいずれにも違反すると判断しました。
1.TFEU45条(労働者の移動の自由)に関する判断
この点について、CJEUは、二段階の判断枠組みを取りました。FIFAのルールが、①EU内における労働者の移動の自由を制限しているかを判断した上で、②そのような制限を正当化できるのかを検討するという枠組みです。
①において、CJEUは、RSTP17条等が定める、正当理由のない契約破棄の場合に関する以下のようなルール全体の問題点について述べます(以下はルールの概略です。正確な内容はRSTPの原文をご参照ください。)。
・正当な理由のない契約破棄の対象となった選手について、新たに雇用する別のクラブ(新クラブ)が、損害賠償について連帯責任を負い、その賠償額について抽象的な基準のみが定められていること(RSTP17条1,2)
・新クラブは、正当理由のない契約破棄をそそのかしていないと証明しない限り、損害賠償責任に加えて、新規選手の登録禁止というスポーツ上の制裁を科されることがあること(RSTP17条4)
・正当理由のない契約破棄に関する紛争の存在により、旧クラブが所属する国のサッカー協会が国際移籍証明書(ITC)を発行しない事態が生じ、その結果として選手が公式戦に参加できないこと
CJEUは、以上のようなルール全体として、新クラブに対して、賠償による財政的リスク及びスポーツ上の制裁という重大な法的リスクを生じさせるものであると評価しました。そして、結論として、これらのルールは、TFEU45条によりEU圏内で保障された労働者の移動の自由を制限するものであると判断しています。
②の点について、まず、CJEUは、RSTPにも記載された「契約の安定性」という概念については、それ自体として労働者の移動の自由の制限に対する正当化根拠には当たらないとしています。「契約の安定性」は、スポーツ的な競争のための規制を確保するという公益にかなう目的を達成するための、副次的な手段の1つにとどまると述べています。
その上で、CJEUは、以下の4点を挙げて、RSTPによる規制は、スポーツ的な競争のための規制確保に必要な限度を超えており、「相当性の原則」を充足しないと述べています。
・RSTPの規定において、「正当な理由のない(without just cause)」という表現に関する正確な定義がなく、正当な理由のない契約破棄の場合の賠償額算定基準にも不十分な点があること
・そのような不十分な基準に基づいて算定された賠償額について、正当な理由のない契約破棄があった選手と契約した新クラブが、選手との連帯責任を負うとされている点が、法的な明確性を欠いていること
・正当な理由のない契約破棄があった選手と契約した新クラブが、そのような契約破棄を誘発したと仮定され、それにより新たな選手登録を禁止されるというスポーツ上の制裁を受ける点が、相当性と関連を有しないこと
・契約破棄に関する紛争の存在により国際移籍証明書が発行されないという事態が、明確に相当性の原則に反していること
以上のような検討を経て、CJEUは、RSTP17条(正当理由のない契約破棄の場合の賠償等に関するルール)及び関連する条項について、TFEU45条(労働者の移動の自由)を侵害するものであると判断しました。
2.TFEU101条(協調的行為等の禁止)に関する判断
TFEU101条は、EU圏内での正当な経済的競争を確保するために定められた競争法上のルールであり、日本法でいえば独占禁止法に近い位置づけとなります。
CJEUは、正当理由のない契約破棄の場合の賠償等のルールに関するRSTPの規定が、TFEU101条に違反するかについて詳細な検討が加えられています。その中でもメインの論点は、RSTPの規定が、競争を制限する「目的」を持つのかという点でした。
そのような「目的」があるかについて、CJEUは、過去のEU法の判例に従い、①RSTPの規定の内容、②その背景にある経済的・社会的状況、③RSTPの規定が目指す目標という3つの観点から判断するという枠組みを示しました。
①の点について、CJEUは、既存のクラブと契約している選手をリクルートできることが、プロフットボールの世界における競争のためには、非常に重要な要素であると述べています。その上で、RSTPの規定によって、実際上、契約の満了や移籍などの場合を除いて、各クラブは契約の満了までの間選手を確保し続けることがほとんど確実であるとして、そのような競争への制限的効果を指摘しています。
②との関係で、CJEUは、正当な理由のない契約破棄があった場合、伝統的な契約法の枠組みにおいても、契約を破棄されたクラブは、選手からの賠償を受けることができ、また、新クラブがそのような契約破棄をそそのかした場合には新クラブからの賠償を受けることできることを指摘します。その上で、そうした契約法の枠組みに従った賠償が存在することにより、選手契約の存続や移籍マーケットのルール確保の目的のためには十分であると評価しています。
③について、CJEUの判断によれば、RSTPの規定は、法的・財政的・スポーツ的リスクの観点から、プロフットボールクラブが他のクラブとの契約下にある選手獲得のために構想することを極めて難しくことを意図していると考えるべきとされています。
以上のような点を踏まえ、CJEUは、RSTP17条(正当理由のない契約破棄の場合の賠償等に関するルール)及び関連する条項について、TFEU101条(協調的行為等の禁止)に違反するものであると判断しました。
【RSTPの改定点】
以上のようなディアラ判決におけるCJEUの判断を受けて、FIFAは、RSTPの実質的改定(補足説明による仮の規制枠組みの設定)を行いました。
この仮の枠組みにおいて、従前のRSTPのルールから変更等がされた主な点は、以下のとおりとなります。
1.契約破棄における「正当な理由」の定義
従前、RSTPの規定においては、契約破棄における「正当な理由」に関する定義や説明は定められておりませんでした。仮の枠組みでは、この点について、「一般的に、正当な理由は、契約当事者が、合理的に信頼関係の下で契約関係を継続することがもはや期待されない状況において存在する」と定められました。
ただし、FIFAの説明によれば、このような記載は、これまでの実務の変更を意味するものではないとされており、実質的なルールの改定ではないという位置づけと解されます。
2.契約破棄の際の損害賠償の計算方法
仮の枠組みにおいては、従前のRSTPにおいて契約破棄の場合の損害賠償を計算する要素として挙げられていた点(破棄された契約における選手の報酬額、残存する契約機関等)を削除し、契約法の一般的な枠組みに従った損害の算定方法が記載されています。
仮の枠組みに規定された損害の計算方法は、「個別のケースの事実や状況を考慮して、積極的利息の原則に従い、被った損害を斟酌する」とされています。抽象的な定めですが、契約を破棄された側が、契約の破棄がなかった場合の状況まで損害を回復できるようにするというのが基本的な考え方になるようです。
3.新クラブの責任に関する立証責任の転換
従前のRSTPの規定では、正当な理由のない契約破棄があった場合に当該選手を獲得した新クラブは、そのような契約破棄をそそのかしていないことを立証しない限り、選手として損害賠償に関する連帯責任を負い、また、新規選手登録の禁止というスポーツ上の制裁を受けるものとされていました。
仮の枠組みでは、この点の立証責任が転換され、新クラブによるそそのかしの存在が立証されない限り、新クラブが連帯責任やスポーツ上の制裁を受けないというルールに変更されました。
4.国際移籍証明書(ITC)の発行に関するルール変更
仮の枠組みでは、新クラブの属する国のサッカー協会がITCの発行を要求した場合、旧クラブの属する国のサッカー協会は、72時間以内にITCを発行しなければならないものとされ、契約上の紛争の存在は、ITCの発行とは関連性を有しないことが確認されました。
以上のとおり、CJEUのディアラ判決を受けて、RSTPの諸ルールについて実質的な改定が行われました。改訂後のRSTPの内容は、ディアラ判決の結論部分で示されたTFEU45条及び101条との抵触という問題を形式的にはは解決するように見えます。
ただし、ディアラ判決の内容に実質的に踏み込んで考えると、仮の枠組みで示された諸ルールは、CJEUが考えるEU圏内での労働者の移動の自由の保障や公正な競争の確保という観点から見て、十分な内容であると見ることができるのか疑問が残る点もあります。
例えば、CJEUは、正当な理由のない契約破棄の場合に新クラブに科される新規選手登録の禁止というスポーツ上の制裁について、「相当性とは明白に何らの関係性も有しない(manifestly to bear no relation of proportionality)<paragraph 110>」として、非常に強い表現で規制の相当性の欠如を指摘しています。また、RSTPの関連規定で定められた、旧クラブの属する国のサッカー協会が国際移籍証明書を発行しない取扱いについても、「明白に相当性の原則を侵害する(manifestly infringes the principle of proportionality)<paragraph 112>」という強い表現を用いています。
これらの点に鑑みると、果たして、FIFAが今回の仮の枠組みで定めた立証責任の転換などにより、RSTP諸規定のTFEUとの抵触の問題がすべて解決されたと考えることができるかは、明らかとはいえません。ただし、CJEUは、あくまで、EU諸国の国内裁判所から具体的な事例との関係で付託があった場合に、設定された法的問題点への判断を示す機関として機能しています。そのため、今般の仮の枠組みや今後のRSTPの改定について、CJEUが、TFEUとの適合性を都度示していくわけではありません。この点については、今後の判例法の集積を待つことになります。
なお、FIFAにおいても、今回の仮の判断枠組みについては、あくまで一時的なものであり、今後の長期的な改定に向けての作業は継続中であることを明らかにしています。そのため、ディアラ判決の内容をより実質的に尊重する形で、RSTPの改定が今後行われていく可能性もあります。
FIFA Football Agentにとって、RSTPは、FIFAが定める諸規定の中でも最も重要なものの1つといえます。そのため、今後の改定や、それに対応したEU法判例の推移については、引き続き注視していきたいと思います。
中井淳一(弁護士(日本)、Solicitor(England & Wales)、FIFA Football Agent)
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★