千葉県迷惑防止条例(「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」)について~着衣の上からの撮影行為は処罰されるかどうかの検討~
2024年7月
弁護士 菅 野 亮
1 千葉県迷惑防止条例について
痴漢や盗撮行為は、各地方自治体の定めた迷惑防止条例違反として処罰されることが多かったですが、現在は、不同意性交等罪(刑法177条)や性的姿態撮影罪(「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」)で処罰される可能性があります。
千葉県でも、いわゆる迷惑防止条例(正式な条例名は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」となっています。)が定められており、千葉県のホームページで条例全文を確認することができます(千葉県のホームページで、「千葉県法規集」を見ていただき、その「第13編 警察 第3章 警備 第1節 警備」の項目に「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」及び「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例施行規則」がアップされています。現時点で、最終改正は、令和二年三月二三日条例第二五号とされています。)。
○ 千葉県がホームページで公開している迷惑防止条例
千葉県迷惑防止条例で、盗撮等の「卑わいな行為」が禁止されている規定は次のとおりです。
○ 千葉県迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)の抜粋
(卑わいな行為の禁止) 第三条の二 何人も、みだりに、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次の各号に掲げるものをしてはならない。 一 次のいずれかに掲げる場所又は乗物において、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器(衣服を透かした状態を撮影することができるものを含む。以下「写真機等」という。)を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機等を差し向け、若しくは設置すること。 イ 浴場、更衣室、便所その他の人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所及び住居 ロ 公共の場所(イの場所を除く。)又は公共の乗物 ハ 学校、事務所その他の不特定若しくは多数の者が利用し、若しくは出入りすることができる場所(イ及びロの場所を除く。)又はタクシーその他の不特定若しくは多数の者が利用することができる乗物(ロの乗物を除く。) 二 公共の場所又は公共の乗物において、人の胸部、臀部、陰部、大腿部その他の身体の一部に直接又は衣服その他の身に着ける物の上から触れること。 三 前各号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。 |
2 衣服を着た人物を撮影した行為が迷惑防止条例違反になるか
下着等を撮影したりすればこれが迷惑防止条例違反、あるいは、性的姿態撮影罪に該当することに争いはありません。ただ、店舗や公道等で、衣類を着用している部位について撮影等する行為が迷惑防止条例が定める「卑わいな言動」に該当するかが問題となることがあります。この点が問題となった実際の事案は、次のような内容でした。
被告人は、東京都内の店舗において、①A(膝上丈のスカートを着用)の背後付近で、Aが前かがみになるなどした際、Aおよび周囲の人に気付かれないように、左手で本件カメラを覆い隠すように持って、その録画ボタンを約23秒間押しつつ、左手を下げ、このうち約5秒間、Aの臀部付近の高さから、本件カメラのレンズをAの下半身に向け、Aのスカートを着用したした臀部等を動画で撮影し、②その直後、引き続き録画ボタンの上に親指を置いて本件カメラを持ったまま、左膝を少し曲げて左肩等の左半身を下げるような体勢で、Aの左後方に近付き、Aが前かがみになった際、至近距離のAのスカートの裾付近の高さから、左手をAの方向に差し出し、本件カメラのレンズをAの下半身に向けて構えたと認定されています。
この事件で問題となったのは、東京都の迷惑防止条例(「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」〔昭和37年東京都条例103号〕です。東京都の迷惑防止条例では、5条1項の柱書に「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」を禁止し、1号で痴漢行為、2号で盗撮行為が列挙され、3号で、その他の行為の受け皿類型として「卑わいな言動」類型が規定されていました(千葉県迷惑防止条例とは、1号と2号の順番が異なりますが、3号が受け皿条項となっている点で同様の構造となっています。)。
第1審(東京地裁立川支判令和3年1月15日刑集76巻7号739頁参照)は、被告人が撮影した動画には、Aの足元や後ろ姿などが写っているものの、臀部や太もも等の性的な意味合いのある部位を狙ったり、そのような部位を強調したりして撮影した動画とは認められないこと及び被告人がAを付け狙うなどの執拗な行為に及んでいないこと等を理由として「卑わいな言動」には当たらないと無罪としました。
控訴審(東京高判令和4年1月12日刑集76巻7号744頁参照)では、逆に、衣服を着用した身体を撮影し、または衣服を着用した身体に対してカメラ等を構える行為であっても、その意図、態様、被害者の服装、姿勢、行動の状況やカメラ等と被害者との位置関係等を考慮し、被害者や周囲の人から見て、衣服で隠されている下着または身体を撮影しようとしているのではないかと判断されるものについては、「卑わいな言動」に該当するとして、有罪としました。
3 最高裁令和4年12月5日決定について
最高裁令和4年12月5日決定(最高裁判所刑事判例集76巻7号707頁、以下「令和4年最高裁決定」という。)は、「開店中の店舗において,小型カメラを手に持ち,膝上丈のスカートを着用した女性客の左後方の至近距離に近づき,前かがみになった同人のスカートの裾と同程度の高さで,その下半身に向けて同カメラを構えるなどした本件行為は,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和37年東京都条例第103号)5条1項3号にいう「人を著しく羞恥させ,人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たるとして、弁護側の上告を棄却しました。
令和4年最高裁決定は、店舗において、小型カメラを、膝上丈のスカートを着用した女性客の下半身に「カメラを構えるなどした本件行為」を卑わいな言動にあたるとしており、撮影されたかどうかは問題にしていません。
なお、ズボンを着用した女性の臀部を撮影した行為が、迷惑防止条例の「卑わいな言動」に該当するかどうかが問題となった事例として、最高裁平成20年11月10日決定があります(最高裁判所刑事判例集62巻10号2853頁、以下、「平成20年最高裁決定」といいます。)。
最高裁平成20年決定は、「ショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した」行為について、「被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえる」と判断しています。
最高裁平成20年決定には、田原睦夫裁判官の反対意見があり、田原裁判官は、本件では,被害者たる女性のズボンをはいた「臀部」は,同人が通行している周辺の何人もが「視る」ことができる状態にあり,その点で,本条1項2号が規制する「衣服等で覆われている部分をのぞき見」する行為とは全く質的に異なる性質の行為であり、「卑わいな言動」に該当しないため無罪であるとします。
また、田原裁判官は、写真を撮る行為と視る行為の関係について、次のように意見を述べており、この点も参考になります。
(田原裁判官の反対意見の抜粋)
人が対象物を「視る」場合,その対象物の残像は記憶として刻まれ,記憶の中で復元することができる。他方,写真に撮影した場合には,その画像を繰り返し見ることができる。しかし,対象物を「視る」行為それ自体に「卑わい」性が認められないときに,それを「写真に撮影」する行為が「卑わい」性を帯びるとは考えられない。その行為の「卑わい」性の有無という視点からは,その間に質的な差は認められないものというべきである。
4 まとめ
令和4年最高裁決定を前提としても、店舗や路上等で、衣類を着用した部位を撮影等する行為が迷惑防止条例の「卑わいな言動」に該当するか否かは、具体的な行為態様次第と思われますが、衣服を着ている部位にカメラを向ける行為であっても、撮影対象となった人物の実際の衣類や姿勢、撮影行為の態様等によっては、「卑わいな言動」に該当することになります。
ただし、平成20年最高裁決定において田原裁判官が反対意見で述べているとおり、衣類を着用した部位は,周辺の何人もが「視る」ことができる状態にあるため、どのような行為が条例違反になるかについては、その行為態様等を丁寧に分析した上で、本当に「卑わいな言動」といえるのかどうかを検討する必要があると思われます。
以上
★弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★