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懲戒処分と退職金の制限(その2)

2024.09.03ブログ

2024年7月
弁護士 菅野亮

1 はじめに

 公務員が懲戒処分を受けた場合(その指針等については、「懲戒処分と退職金の制限(その1)」をご覧ください。)、退職手当の一部もしくは全部の支給が制限されることがあり、懲戒処分だけでなく、懲戒処分と関連した退職手当支給制限処分の適法性が争われることもあります。
 退職金は、「給与の後払的な性格や生活保障的な性格」があるといわれていますので、長年、勤勉に働いてきた場合、退職金全額の支給を制限することは、過酷な制裁となります。

 

2 最高裁令和5年6月27日の事案と結論

 最高裁令和5年6月27日(最高裁判所民事判例集77巻5号1049頁、以下「令和5年最高裁判決」といいます。)は、第1審及び第2審が、酒気帯び運転をして、物損事件をおこした教員の懲戒免職処分については妥当なものとされましたが、退職金の全部不支給処分は重すぎるとして、原審である仙台高裁令和4年5月26日判決では、退職手当の3割相当額を不支給とした部分のみを取り消していました。
 しかし、令和5年最高裁判決は、原審を取り消し、退職金の全部を不支給とした判断を是認しています(宇賀克也裁判官の反対意見があります。)。

 

3 令和5年最高裁判決について

 令和5年最高裁判決は、まず、処分が違法になるかどうかの基準について、「本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべき」とした上で、次のように判示しています(なお、ここで問題となっている規定は、職員の退職手当に関する条例(昭28宮城県条例70号。令元宮城県条例51号改正前)12-1-1)。

「裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。」

 令和5年最高裁判決は、上記の基準を定めた上で、本件非行行為について、次のような評価を加え、結論として「本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない」と判断しました。

「本件全部支給制限処分の適否について検討すると、前記事実関係等によれば、被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない。
 しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。」

 

4 令和5年最高裁判決の反対意見

 宇賀克也最高裁判事は、次のとおり、平成27年に教員3名、平成30年に警察官1名が酒気帯び運転で停職処分とされていること等を踏まえれば、今回の事例においても、停職以下の処分にとどめる余地があり、特に厳しい措置として免職処分にしたといえるので、本件運用基準上、退職手当の一部不支給を検討すべきであったとしています。

「しかるところ、同じく県教委が制定した『教職員に対する懲戒処分原案の基準』では、飲酒運転を行った場合は、免職又は5月以上の停職とされており、平成27年に3名の高校教員が酒気帯び運転で停職処分とされた例があるほか、上告人の職員の飲酒運転による非違行為で停職処分にとどめられた例は少なくない。しかも、飲酒運転を取り締まる立場にあり、その意味で教職員以上に飲酒運転を自制すべき立場にあるともいい得る警察官が、被上告人による本件非違行為より後の平成30年に酒気帯び運転を行った事案では、停職3月の懲戒処分にとどめられている。
 したがって、被上告人については、停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職処分がされたといえ、一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分をすることを、公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して慎重に検討すべきであったといえる。」

「上記警察官の非違行為と本件非違行為との間には、内容や態様の面で相違もあったとうかがわれるとはいえ、飲酒運転による公務に対する信頼の失墜という点では、飲酒運転を取り締まる立場にある警察官による酒気帯び運転の方が影響が大きいと思われるにもかかわらず、上記警察官は、停職3月の懲戒処分を受けたにとどまり、一般の退職手当等を減額されることはないものと考えられる。そのことに、被上告人が管理職ではなく、過去に懲戒処分を受けたことがなく、30年余り勤続してきたこと、本件事故による被害は物損にとどまり既に回復されていること、被上告人が反省の情を示していること等を考慮すると、一般の退職手当等の有する給与の後払いや退職後の生活保障の機能を完全に否定するのは酷に過ぎるなどとして、本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容した原審の判断に違法があるとは考え難い。」

 飲酒運転について重大な非行行為であることは間違いありませんし、厳しい懲戒処分を受けることもやむを得ないと思いますが、人身被害がない、物損事故だけの場合、長期間、まじめに仕事をしてきた公務員の退職金を全部支給しないことについては、やや過酷すぎる場合があるように思われ、宇賀最高裁判事の考えに共感をする部分もあります。もっとも、他の事例と単純に比較できるかどうかは、犯情や経緯等も踏まえて、なお、バランスを欠くといえなければ説得力を欠くようにも思われ、今後も、この点の議論がさらに検討されることを期待しています。

以上

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★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★