日本司法精神医学会への参加
2024年5月
弁護士 菅 野 亮
2024年5月、第20回司法精神医学会大会が開催され、講演などを聴講してきました。
まず、興味を持ったのが、「純粋精神医学と責任能力」(古茶大樹教授)の講演です。
古茶教授は、ハイデルベルグ学派の思想に基づく精神医学を「純粋精神医学」と呼び、精神障害を
①「心の性質の偏り(疾患的ではない精神障害)」、
②「身体的基板が明らかな精神障害(器質性・症状性・中毒性精神病)」、
③「身体的基板が仮定・要請されている精神障害(内因性精神病)」、
の三群に分類し、責任能力判定においては、個々の診断カテゴリーを司法精神医学の参照枠(「疾患的である精神障害」「精神遅滞」「深刻な意識障害」「重いその他の精神的偏奇」)に置き換えることが有用だと論じています。
こうした理論は、表面的には、ICDやDSMで操作的診断がなされている精神鑑定の背景を読み解く際に、有用な視点かと思います。
また、古茶教授は、検察官は、幻覚妄想等の症状ばかり重視するが、統合失調症の「思考の障害」を軽視する傾向があるとのコメントがありました。確かに、私も含め、法曹側は、刑事責任能力を考える際、統合失調症の陽性症状に着目しがちであり、「思考の障害」が犯行に与えた影響を軽視していることを反省しました。
さらに、岡田幸之教授の「精神現象と犯行をめぐる『機序』-精神医学的描出と法学的読解」という講演を拝聴しました。
岡田教授が「8ステップ論」を発表してから、何度も岡田供述の論文を読み、直接、ご講演や座談会の場でお話をうかがっていますが、改めて、岡田教授の考えの精緻さや科学に対する誠実な姿勢を感じました(余談ですが、岡田教授が学会の報告で使用されるスライドが毎回大変凝ったものであり、いったいどうやって、どのくらいのエネルギーをかけて作っているのだろう、という点でも感心しておりました。)。
岡田教授は、これまで「機序」と言われていたものを「(精神現象機序)→精神現象→(犯行機序)→犯行」と整理し、
「精神現象機序」を
-「生物学的精神現象機序」
-「心理学的精神現象機序」
-「社会学的精神現象機序」に、
「犯行機序」を
-「巨視的犯行機序」
-「微視的犯行機序」
に分けて考察し、犯行という過去のひとつの行動に至る本人の体験を追体験させることが鑑定の本質であると論じており、岡田教授の鑑定の緻密さの出発点が分かる講演でした。
また、弁識能力・制御能力についても、
「弁識能力」 - 「善悪の弁識能力」、「行為の意味性質の弁識能力」
「行動制御能力」- 「衝動抑止の能力」、「弁識行動一致の能力」
に区分することが有用だとされています。
本来、弁識能力・制御能力は、法曹側で定義づけるべき法的概念なのですが、精神科医の立場からこのような提案をしてもらい、実際の事件の鑑定を思い起こしてみると、上記の区分で構造化することは、鑑定内容を理解・整理する意味でも有用なものと感じました。
二日間の学会で、様々な学術的な講演を拝聴し、こうした最先端の理論の知識を正しく理解、消化して、実際の事件にも活かしたいと思いました。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★