覚醒剤密輸事件の量刑
2024年6月
弁護士 菅 野 亮
1 覚醒剤密輸事件の量刑傾向等
覚醒剤密輸事件では、覚醒剤取締法違反及び関税法違反で起訴される(適用される罰条は、覚醒剤取締法違反41条2項、1項及び関税法109条3項、1項、69条の11第1項1号であり、公訴事実は、氏名不詳者らとの共謀の上とされるので、刑法60条も罰条となる。)。
逮捕されるのは、多くが「運び屋」などと称される運搬役であり、密輸組織の中では、比較的役割が低い者達である(その他、指示役が一緒の飛行機で渡航してきた場合の指示役や国内のリクルート役が逮捕されることもあるが、圧倒的に運び屋事例が多い。)。
量刑傾向とは無関係であるが、欺されて運び屋にされ、覚醒剤密輸の故意がないと無罪となることもある(筆者自身も、覚醒剤密輸事件で、3件の無罪判決を得ている。また、覚醒剤密輸事件の場合、覚醒剤の故意がない場合でも、関税法違反が成立する場合があるため、いわゆる認定落ち事件になることもある。)。
覚醒剤密輸事件の量刑分布は、懲役6年から懲役10年前後の懲役刑が選択されることが多い(その上で、この種の犯行が経済的に割に合わないことを自覚させるため等の判示とともに、200万円から500万円程度の罰金刑も併科される。)。
令和2年から令和4年まで、コロナ禍で通常の旅行が制限されたこともあり、航空機の旅客が荷物内に覚醒剤を隠匿して密輸する事案は激減したが、令和5年以降、再び、この種の事件が激増した(後述で紹介するとおり、千葉地裁における密輸事件の裁判も激増している。)。
2 密輸量の影響
裁判所の量刑データベースにおいても、密輸量によって検索できるようになっており(~5キロ、~10キロ、10キロ以上で分けて検索が可能)、量刑判断において、一応、その密輸量が考慮されるものと考えられる。
実際に、1キロ未満のケースと10キロ以上の事例をみれば、後者に重い刑が選択される傾向は顕著であり、密輸量がそれなりに影響することは間違いない。
ただし、10キロ以上のケースは、事件数とすればさほど多くなく、量刑傾向といえるほどの件数ではない。また、10キロ以上の密輸事件で、比較的重い刑(懲役19~20年)が選択されている事例をみても、船舶で、50キロ前後の覚醒剤を密輸しようとした事案が含まれており、通常の航空機旅客の密輸事案とは異なる。
量によって量刑傾向に差はあるが、運び役が荷物に隠匿してくる場合、量を決めるのは組織の人間であり、運び役は、どのぐらいの量が入っているかも分からないことが多い。そのため、5キロ未満のケースでは、結果的に、1キロでも、3キロでも、そこで厳然とした量刑傾向の差があるようには思われない。
なお、覚醒剤密輸事案は、営利目的で覚醒剤を密輸するという外形的行為は皆共通しており、殺人事件や放火事件のように動機・経緯、行為態様、結果の差がないためか、量刑傾向は殺人や放火と比べて狭く、どのような事情があったにせよ、量刑の大幅な増減がないようにも思われる。
以下、直近の千葉地裁の判決を参照して若干の検討を行う。
3 裁判例
近時の千葉地裁における覚醒剤密輸事件の裁判例を調査した。
裁判例では、密輸した覚醒剤の量に即した量刑傾向は参考にされつつ、役割(単なる運び役か指示役に近い役割等を担ったか)でほぼ刑が決まり、密輸組織に欺された等の気の毒な経緯等(投資関連の詐欺やロマンス詐欺の事案がそれなりにあるようである。)がある事案では多少割り引かれるという印象をもった。
もっとも、有罪になった以上、営利目的で密輸したことになるため、個別事案の動機、経緯が量刑上大きく考慮されることはなく、多くの事案で、量刑傾向の中程度の判断がなされており、今後もある意味安定的な量刑傾向が形成される可能性が高い。
罰金の額については、特にその金額算出理由等が判示されることはなく(割に合わないことを知らしめるため、以上の具体的な判示はなされない。)、懲役刑と比例して決められている印象である。
また、求刑がやや量刑傾向に比して高いと思われるものが多い印象だが、量刑傾向に近い求刑も少ないながらあり、求刑基準を統一的に理解することが難しい。筆者が担当した事例でも、密輸量が1.2キロで、求刑12年、罰金500万円を求めたものもあれば(判決結果は、無罪。)、密輸量16キロで、懲役13年、罰金700万円だった事例もあり(判決結果は、懲役12年、罰金500万円)、量刑傾向との関係でいえば、求刑がかなり高めか、量刑傾向に近いものもあり、差がある印象である。
① 千葉地裁・令和5年10月12日
懲役7年6月、罰金300万円(求刑11年、罰金500万円)
覚醒剤989g
量刑傾向の判示「同種事案の中で、中間の部類に位置づけられる」
量刑理由では、意思決定は厳しく非難すべきであるとされているが、他方で、「被告人を騙そうとする密輸組織の者に利用されたという側面も否定できない点や、違法薬物の隠匿の認識についても半信半疑で未必的な程度にとどまるといった点は、被告人に酌むべき事情として考慮すべき」とされている。
違法薬物について、運び屋は、中身のチェック等をせず、未必的認識しかない場合は多いが、どのような場合に未必的な認識が量刑において考慮されるかは判示されないことが多い印象である。
なお、この事案は、所持量や経緯からして求刑が高すぎるように思われる。
② 千葉地裁・令和5年10月10日
懲役11年、罰金500万円(求刑14年、罰金600万円)
覚醒剤5881g
量刑傾向の判示「覚醒剤の合計数量が同程度の同種事案の中で、標準的な事案」
量刑理由では、「被告人が密輸組織に利用されてしまった面があることは否めないが、被告人が、違法薬物が隠匿されているかもしれないと認識していたにもかかわらず、多額の投資が得られる可能性に期待して、安易にも2度にわたって荷物の運搬役ないし受取役を務めたことに鑑みると、犯行に至った経緯や理由についても大きく酌むべき事情があるとはいえない」とされている。
③ 千葉地裁・令和5年10月5日
懲役7年6月、罰金250万円(求刑懲役11年、罰金400万円)
覚醒剤2.3キログラム
量刑傾向の判示「1000グラムから5000グラムの覚醒剤を運び屋として営利目的輸入した同種事案[件数「1件」、判決年月日「令和元年5月1日以降」、前科なし]の中で、やや軽い部類に位置付けられる」
量刑理由で、「本件犯行の動機経緯をみると、被告人は、密輸組織に騙されてAに対する恋愛感情が生じ、その感情をうまく利用されて、本件スーツケースを運ぶことになったのであり、本件スーツケースの中身について疑念を抱いた後も、Aとの結婚に対する願望や期待もあって犯行に及んでしまったといえ、このような本件犯行に至る動機経緯には同情すべき点があり、相応に考慮すべき」とされており、いわゆるロマンス詐欺の被害者的な立場でもあることが量刑において有利に考慮されており、量刑傾向の中で「やや軽い部類」に位置づけられたものと思われる。もっとも、無罪主張をしていた事件でもあり、「被告人が公判廷で不合理な弁解に終始しており反省の態度が見られないことなどの事情」が不利に考慮されてしまうことにも注意が必要である。
④ 千葉地裁・令和5年10月4日
懲役8年、罰金300万円(求刑、懲役13年、罰金500万円)
覚醒剤3089.1グラム
量刑傾向の判示「同種事案(平成31年1月1日以降になされた1グラムから5000グラムまでの覚醒剤営利目的輸入1件、薬物取引上の地位が運び屋というもの)の中で、中程度の部類に属する」
量刑理由で「被告人が、インドで書類を受け取り、日本に運ぶことで多額の遺産を受け取ることができるなどと共犯者に騙され、本件犯行に巻き込まれたという経緯には同情できる点もあるが、被告人は、旧スーツケースを受領したことをきっかけに、本件スーツケース内に違法薬物が隠匿されている可能性を認識したのに、結局は、共犯者に指示されるまま、本件犯行に加担しており、その意思決定は相応の非難を免れない」とされている。
事例③も④も欺されて運び役にされた事案でそのことは量刑上有利に考慮されることになるが、他方で、無罪主張をした結果、本事案においても、「被告人が不合理な弁解に終始し、真摯な反省の態度がみられない」などとネガティブな評価もされてしまう点に注意が必要である。
⑤ 千葉地裁・令和5年7月19日
懲役8年、罰金350万円(求刑 懲役10年、罰金400万円)
覚醒剤1620グラム
量刑傾向の判示「運び屋が1000グラムないし5000グラムの覚醒剤を営利目的で輸入した同種事案の中で、標準的な事案」
事例④と比べると、密輸量は、半分の量であるが、同じ懲役刑となっている。
量が影響するとしても、運び役が決めるわけでもなく、2キロと3キロで、それだけで差がつかないというのは当然のことと思われる。あるいは、事例④は、欺されたケースであり、多少、密輸量は多いが、責任が割り引かれた可能性もある。
なお、事例④は、1グラムから5キロの量刑傾向でみているが、事例⑤は、1キロから5キロで見ており、参照された量刑傾向が若干異なっている。
⑥ 千葉地裁・令和5年7月18日
懲役17年、罰金900万円(求刑 懲役18年、罰金900万円)
覚醒剤24キログラム
量刑傾向の判示「本件は同種事案(覚醒剤営利目的輸入、共謀共同正犯、10キログラム以上)の中では、重い部類に位置付けられる。」
量刑理由で「指示役とまではいえないにせよ、本件を遂行するに当たって主要な地位にあったということができる」と指摘されており、単なる運び役以上の役割を担っていた場合、その責任が加重されるといえる。
⑦ 千葉地裁・令和5年7月14日
懲役11年、罰金400万円(求刑 懲役14年、罰金600万円)
覚醒剤7.9キログラム
量刑傾向の判示「5000グラムから10000グラムの覚醒剤を運び屋として営利目的輸入した同種事案の中で、中程度の部類に位置付けられる」
本件は、「密輸組織から遺産が受け取れると騙されて利用され、引くに引けない状況になって本件犯行に及んでしまった側面があり、従属的立場であったといえる」とされているが、そうであっても、量刑傾向において「中程度の部類」と評価されており、投資等の儲け話しで欺された事例は、ロマンス詐欺の被害者類型より若干厳しく非難される傾向があるように思われる(なお、運び屋は、密輸事件において、その役割は不可欠ではあるが、従属的と評価されることが一般的なので、欺されて利用された側面があるから従属的ということでもないように思われる。)。
⑧ 千葉地裁・令和5年7月7日
懲役8年6月、罰金350万円(求刑 懲役12年、罰金500万円)
覚醒剤1661.96グラム
量刑傾向の判示「同種事案の量刑傾向を参照」
量刑の判示は、「行為責任の評価に関係する事情を踏まえて、同種事案の量刑傾向を参照した上、被告人に日本における前科がないこと、自らの行為を後悔していること等の事情を考慮し、主文の懲役刑を科す」とされているが、密輸事件においては、日本における前科もない事例がほとんどであり、公訴事実を認める事案であれば、反省の情を示すことから、判示内容だけみると、量刑判断における個別的事情が全く分からない事案である。
⑨ 千葉地裁・令和5年6月14日
懲役8年、罰金250万円(求刑 懲役11年、罰金300万円)
覚醒剤2キロ前後(「被告人が運搬した覚醒剤に含有される覚醒剤成分の正確な重量は明らかではないが、相応に合理的な手法に基づき推定された起訴状記載の重量を大きく下回るものとは考え難く、少なくとも2kg前後の覚醒剤成分が含有されていると考えられる」)
量刑傾向の判示「同種事案(営利目的覚醒剤密輸、運び屋、運搬した覚醒剤の量が1~5kg、前科なし)の中で中程度よりやや軽い事案」
この事案は、「具体的に報酬を約束されていたとか、何らかの経済的見返りがあったとまでは証拠上認定することはでき」ないとされている点がめずらしい事案である(通常は、運び屋は報酬目当てである。)。もっとも、「「A」に対し恐怖心を抱いていたとは認められない。そして、被告人の述べるところを前提としても、被告人が犯罪組織に対して抱いていた恐怖感が本件犯行への関与を断ることがおよそできないほど差し迫ったものであったとも認められない」とされたこともあり、それゆえに「軽い事案」ではなく、「やや軽い事案」と評価された可能性がある。
本事案は、「被告人が事実を認めた上で謝罪と反省の言葉を述べていること、メキシコから来日して出廷した叔父が社会復帰後の支援を約束していることなども考慮」とあるが、犯情からすれば「やや軽い事案」で有利な事情もあることを考慮すれば、他の事案と比較して、やや軽い量刑であるとの印象はもてない。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★