医師の法的責任とリスク⑥ ~ドクター・ハラスメント~
令和4年10月
弁護士 金子達也
1 ドクター・ハラスメントとは、医師や医事従事者の暴言、行動、態度及び雰囲気により、患者の心に傷を残すような事案を広く意味すると言われています。
昨今問題視されている他のハラスメントと同様、医師の不適切な言動が問題視されて民事訴訟にまで発展した事案もあるので、ひとつ紹介します。
2 紹介する事例では、産業医が、自律神経失調症で休職中の従業員と面談した際、「それは病気やない。甘えなんや」「薬を飲まずにがんばれ」「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが」と発言したことが問題視されました。
そして、従業員は、この発言により症状が悪化して復職時期が遅れたとして、産業医に対し、不法行為に基づく損害賠償(民法709条)を請求しました。
これに対し、裁判所は、「産業医として、勤務先の依頼によって自律神経失調症で休職中の職員と面談したのであるから、面談に際し、主治医と同等の注意義務までは負わないものの、産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である従業員の病状の概略を把握し、面談においてその症状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていた」から、「(上記産業医には)安易な激励や、圧迫的な言動、患者を突き放して自助努力を促すような言動により、患者の症状が悪化する危険性が高いことを知り、そのような言動を避けることが合理的に期待される」として、この産業医に対し、合計60万円(休業損害金30万円・慰謝料30万円)の支払いを命じました(大阪地裁H23.10.25判決)。
3 この事例に対し、産業医に悪意はなく、従業員を励ますために上記発言をしたのだと捉える読者がいるかもしれません。
しかし、自律神経失調症を患い苦しむ従業員に対し、主治医ではなく、必要な検査もしていないのに「病気やない」と言い放つ言動は、医師としては不用意な発言と言わざるを得ず、注意義務違反を問われてもやむを得ない事案であったと思われます。
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★