野生動物を駆除できるか~はこわなでヒグマを捕獲した事例~
弁護士 菅 野 亮
1 野生動物の捕獲に関する基本的ルール
野生動物の捕獲等に関するルールとして、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(以下「鳥獣保護管理法」といいます。)があります(ここでは、説明しませんが、他にも「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」等、野生動物に関する様々な法律がありますので注意が必要です。)。
鳥獣保護管理法は、第8条で、「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等(採取又は損傷をいう。以下同じ。)をしてはならない。」と定め、原則として、鳥獣の捕獲を禁止しています。
なお、鳥獣保護管理法は、「鳥獣」を「鳥類又は哺乳類に属する野生動物をいう」と定めています。
もちろん、許可を得れば、鳥獣を捕獲等することも許されています。
また、許可がない場合でも、家で出るドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミについては、鳥獣保護管理法の対象外となっているために(同法80条)駆除は可能ですし、農業又は林業の事業活動に伴いネズミやモグラを捕獲等することはできます(同法13条)。
2 はこわなでヒグマを捕獲した事例
裁判例では、知事によるわなを使用する鳥獣の捕獲等の免許を受けないで、敷地内に「はこわな」を設置して、ヒグマを捕獲した件について、鳥獣保護管理法違反で有罪となり、罰金30万円に処せられたケースがあります(釧路簡易裁判所平成22年12月20日判決)。
このケースでは、被告人は、牧畜業を営み、猟銃等の所持の許可を得ている方でした。
被告人は、放牧していた牛や馬がヒグマの被害にあっていると考え、「はこわな」を設置し、実際にヒグマを捕獲しました。
このケースでは、被告人は、有害鳥獣駆除従事者として銃で狩猟・有害鳥獣を駆除することの許可は得ていましたが、「わな」猟の免許は、取得しようと考えたことはあったものの実際には許可を得ていませんでしたので、鳥獣保護管理法違反になることは否定できない事例です。
そこで、被告人は、
① 可罰的違法性がないこと、
② 緊急避難であること、
③ 違法性の認識がないこと
等を主張して無罪を求めましたが、裁判所は、被告人の主張をいずれも排斥して、有罪と判断しました。
(1)わな設置行為に関する可罰的違法性について
まず、裁判所は、次のように述べて可罰的違法性があると判断しました。
「鳥獣保護法の目的は,『鳥獣の保護及び狩猟の適正化を図り,もって生物の多様性の確保,生活環境の保全及び農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて,自然環境の恵沢を享受できる国民生活の確保及び地域社会の健全な発展に資すること』とされている。(同法1条)この目的を達成するために鳥獣保護法には鳥獣の保護を図るための事業の実施,鳥獣による生活環境,農林水産業又は生態系に係る被害の防止,さらに,猟具の使用に係る危険の予防に関する規定などが定められている。そこで,ヒグマは国際的に希少動物であり,法は,捕獲率の高いはこわなによるヒグマの捕獲を原則として禁止し,学術研究や有害鳥獣駆除の許可を受けた場合に限って,はこわなによる捕獲を認める(同法9条等)という厳しい規制を課して,乱獲による生息数の減少を招かないように保護しているのである。また,はこわなは危険猟具に指定されており,はこわなの設置には,多量の誘餌を仕掛けるために,ヒグマの食性は基本的には肉食だが雑食性でもあるから新しい味に興味を示し,周辺に別のヒグマや鳥獣が出没し新たな被害が発生する危険性があることから,はこわなの周囲にわなを設置したことを周知する看板等を設置することや,違法な設置者を区別するために猟具に設置者を特定して表示することを義務づけ,人への危険防止安全確保のために一日1回毎日わなの状況を見回ることを義務づけているのであるが,被告人はこれらの義務を怠っていたものであり,はこわなの設置場所が被告人所有の牧場内であってもギョウジャニンニク等山菜採りに入山する人々がいることを認めていながら,はこわなによるヒグマの捕獲を試みることにより発生する危険を回避する手段を講じていない不適切な方法によるものである。
被告人の本件はこわな設置行為は,狩猟を行う際にはそれぞれの猟法に応じた免許を必要とするという鳥獣保護法の定める最も基本的な免許制度に違反するものであって,被告人の本件行為は,鳥獣保護法が予定する可罰的違法性が認められることは明らかである。」
筆者も北海道に住んでいた際に、ギョウジャニンニクを採取しに山に行くことがありましたが、そのことが可罰性を判断する際の材料になることが興味深いです。ただし、敷地内であることから、どこまでそのような抽象的可能性を可罰的違法性の議論に取り込むかについては、悩ましい問題があるように感じます。
(2)わな設置行為の緊急避難該当性について
緊急避難については、次のように判示して否定しています。
「本件について検討するに,被告人は,猟友会の会員として20年の経験豊富なベテランハンターであるにもかかわらず,現実に牛がヒグマに襲われる被害があっても,年に二,三頭は病死していることを思えば破産するほどの被害額ではないと被害の申告もせず,集団で捕獲するために他人を牧場に入れることを嫌い,A町に対し,ヒグマの出没状況について情報提供をすることもなかった。被告人は,平成11年ころから被告人の牧場付近にヒグマの出没があることに気がつき,被告人は,その間ライフル銃を携えて牧場を見回るもヒグマに遭遇することはなかった。平成19年10月から平成21年11月2日まで,2年間以上にわたって,わな猟免許を取得することなく,かつ,有害鳥獣駆除の許可を受けることなくはこわなを設置し続けたものである。このようなヒグマの出没状況での危難の現在性を判断するに,被告人の供述によれば,ヒグマが被告人の牧場に出没し,被告人の放牧している牛が年に1頭くらい襲われていたことから,被告人がヒグマの対策を取る必要があると考え始めたのは平成19年7月ころのことであり(被告人質問速記録2頁),被告人がはこわなを設置したのはその後約3か月後の平成19年10月ころのことであって,時間的切迫性の程度に鑑みれば法益侵害の危険性が間近に切迫していたとは言い難い。さらに,わな猟免許の試験は,毎年年3回実施されており,その合格率も8割程度でありC証人尋問速記録18頁),被告人がはこわなを設置する前にわな猟免許を取得することも容易であって,被告人がわなを仕掛け続けた約2年の間にも,わな猟免許の試験を受験する機会が6回もあったのであるから,被告人が,わな猟免許を取得し,有害鳥獣駆除の許可を受けた上で,はこわなを設置することは十分可能であったといえ,刑法37条1項にいう『現在の危難』にあたらないといえる。」
このケースでは、現在の危難を否定していましたが、この判決の論理からいえば、ヒグマの被害が切迫しており、わな猟免許の取得をする余裕がないケースでは、緊急避難が成立する余地はあるように思えます。
害獣の駆除についても、鳥獣保護管理法等の法令が問題になることがあり、慎重なリサーチが必要な場合があるのでご注意下さい。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★