殺人事件における量刑 ~行為態様・凶器の種類等が量刑に与える影響~
弁護士 菅 野 亮
1 殺人事件における量刑の考え方
殺人事件に限らず、刑事事件の量刑は、基本的に法定刑の範囲内で、犯情とよばれる犯罪そのものに関する事情(動機、行為態様、結果等)によって法的責任の大枠が決まり、犯情以外の一般情状もふまえて最終的な刑が決まるとされています。
殺人罪であれば、動機が悪質であれば刑は重くなる傾向があります。逆に、相対的に動機が悪質ではないとされる場合には(大雑把にいえば、どんな動機であれ殺人を正当化できませんので、「より悪いか、まだましか」という視点で評価していくことになります。)、刑が低くなることになります。
(1)動機の評価
保険金目的殺人などの動機は、殺人罪の中でも、もっとも重く非難されています。
裁判例を見ても、無期刑や有期刑の上限に近い量刑が多いです。被害者1名の殺人事件で死刑が選択される類型は、「身代金目的、保険金目的での殺人とわいせつ・姦淫目的で拐取等した後の殺人である」とされています(司法研修所編『裁判員裁判における量刑評議の在り方について』110頁〔法曹会・平成24年〕)。
他方、長年の介護に疲れて夫婦で心中しようと思って行った殺人事件などは、保険金殺人と比べて、量刑的には、かなり軽く評価されています(短期の実刑が多いですが、事情によっては、執行猶予付の判決もあります。)。
(2)犯行態様の評価
犯行態様も量刑を決める際の重要な要素とされますが、殺人事件の場合、結果的に人を死なせる危険性がある行為が行われていますので、犯行態様の量刑に与える影響がどの程度あるのか、分かりにくいところがあります。
行為態様のうち、使用された凶器(刃物と銃)の点が量刑にどのように影響するのか検討してみたいと思います。
2 凶器の種類等が量刑に与える意味
凶器を利用する行為は、人を殺傷する危険性を高めるといえるため、凶器を利用していない事件に比べて、行為態様として悪質だと評価することが可能です。
ただし、凶器を準備するような事件の場合、行為態様の問題だけでなく、①計画性の有無、②殺意の強さが問題とされることが多いです。殊に、③銃などを利用した場合は、それ自体が違法行為であり法的非難を高める上、組織的犯罪(暴力団事件等)である場合も多く、行為態様以外の量刑事情の評価にも影響します。
(1)刃物を利用した場合
日本の場合、銃などが手に入りにくいこともあって、刃物が凶器として利用される殺人事件は多いです。
ただ、刃物を使用した殺人事件は、短期実刑から、死刑や無期といった重い刑までかなり広範に分布している印象です。
刃物は、家庭にも置いてあるため、咄嗟に凶器で使われる例もあり、そのような場合には、計画性がない事件と評価され、計画して凶器を準備した事件より法的非難の程度は軽くなります。
他方、日本刀や脇差など、もともと人を殺傷するために作られた「武器」と評価される刃物を使用した場合、法的非難の程度が重くなる場合もあります(近年は、アーミーナイフやダガーナイフについて、同様の評価がされることがあります。)。
一般的には、刃物を使って攻撃した回数が多ければ多いほど、その行為の危険性は高く、殺意が強いと認定され、行為として執拗で悪質だとされやすく、量刑は重くなる傾向があります。
もっとも、精神障害の影響で衝動性が高まり執拗な攻撃になってしまう場合、多数回の攻撃はあるものの一箇所一箇所の傷はとうてい致命傷とならない場合、加害者が被害者からずっと暴力を受けており恐怖のあまり過剰な攻撃になった場合等もありますので、回数だけで刑の重さが決まるわけではありません。
1回の攻撃であったとしても、殺傷能力の高い刃物で身体の枢要部に狙いを定めて攻撃を加えた場合などは、回数は1回でも、行為の危険性・悪質性も高いと評価されることはありえます。
また、刃物といっても、その刃の長さ、形状等も様々です。
たまたまそこにあったのか、殺人のために準備したのか、
とっさに掴んだものか、最初から凶器として使うつもりで刃物を所持したのか、
刺した部位はどこなのか、その部位を狙ったものか、たまたまその部位に刺さってしまったのか、
そうした様々な事情によって、法的非難の程度が変わります。
殺人事件の弁護人になった場合、事件までの経過、動機、犯行態様等を丁寧に考察し、客観的な行為の危険性と主観的な非難の程度で、どのような点が有利といえるか(相対的に法的非難を軽くする事情といえるのか。)慎重に考えて、量刑に関する主張・立証を行うことになります。
(2)銃を使用した場合
銃を使用した殺人事件は、事件数として、刃物を使用した殺人事件ほど多くありません。
銃を所持したり、使用すること自体が違法ですし、その殺傷力も刃物類よりも一般的に高いといえるため、銃を利用した殺人事件は、凶器を利用した殺人事件の中でも、特に重くなる傾向があります。刑の分布も、刃物類を利用した殺人のように広範な分布ではなく、有期刑の上限付近や無期懲役刑が多い印象です。
ただし、銃を利用した事件では、①殺害の計画性も高く、②強い殺意が認められる上、③暴力団の抗争事件など、行為態様以外の事情の悪質さも高いと評価されることになるため(かつ、銃刀法違反の刑の重さも加わります。)、行為態様のみでどの程度、刑を重くする事情として影響しているのか見えにくいところがあります。また、被害者の数や周囲に被害者以外の人がいたかどうかも量刑に大きく影響します。
平成16年刑法改正前(それまでは、有期刑の上限が15年でしたが、改正により20年となりました。また、刑の加重事由がある場合の有期刑の上限が20年でしたが、改正により、上限が30年となりました。)の事案ですが、けん銃を使用して、死亡した被害者が1名だった場合に、求刑は、いずれも、有期の最高刑である20年だったものの、判決は、①懲役20年、②懲役18年、③懲役15年だったという分析があります(大阪刑事実務研究会編著『量刑実務体系 主要犯罪類型の量刑』52頁〔判例タイムズ社・2013年〕)。
実際の事件を担当している経験だと、検察官は、かなりの確率で無期刑の求刑をしてくるイメージがありますが、上記分析によれば、平成16年改正前には、加重事由がある場合の有期刑の上限を求刑している例も多いようです(被害者が複数の場合は、無期刑や死刑が求刑されている例もあります。)。
実際の裁判例でも、次の事例(神戸地裁令和元年12月11日)では、求刑が20年で、懲役17年の判決となっています。この事例は、計画性もあり、かなり悪質な事案と評価されると思います。判決でも、「本件は同種事案(凶器として銃器が使用された,共犯者のいる,被害者1名の殺人の事案)において重い部類に属する事案であるといえる。」とされています。
刃物を使った殺人事件でも、懲役17年前後の刑はそれなりにありますし、凶器を利用していなくても保険金目的であれば有期の上限近い刑はありますので、結局、有期刑の上限付近に分布する事件に関しては凶器の種類はあまり重要ではないのかもしれません。
〔事例〕 被告人は,自身が外国に設立し経営してきたA社の株式を,妻であるBに譲渡したところその関係で同人との間に金銭トラブルが生じるなどし,また,同人がA社の資金等を横領しているのではないかと考えて同人に恨みを募らせるとともに,同人を殺害すれば,A社の経営権を取り戻せるなどと考え,外国に居住するBを殺害しようと決意し,C及びDと共謀の上,平成▲年▲月▲日,Bに対し,殺意をもって,拳銃で弾丸数発を発射して同人の右側胸部,右下顎部等に命中させ,よって,その頃同所において,同人を心臓右心室銃創により死亡させて殺害した。 |
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★