刑事裁判の秩序維持とその限界~法廷での身体不拘束原則~
弁護士 菅 野 亮
勾留中の被告人は、裁判所の法廷に、手錠・腰縄をされて、拘置所職員等によって連れてこられます。
裁判官が、裁判を始める前に、「(手錠を)解錠してください。」と拘置所職員等に一声かけ、手錠が解錠された状況となり、その後に裁判を始めます(裁判員裁判の場合、裁判員が入廷する前に、裁判長だけが入廷し、手錠を解錠した後に裁判員が入廷する運用となっています。)。
刑事訴訟法287条第1項は、「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。」と定めており、上記運用は、刑訴法が求める身体の不拘束原則に従ったものとなっています。
手錠・腰縄をしたまま裁判を受けることになるのでは、被告人の自由な防御活動に支障がありますし、手続の公正さからも疑問です。
ただし、公判廷における身体の不拘束原則にも限界があります。
刑訴法287条第1項ただし書は、「被告人が暴力を振い又は逃亡を企てた場合は、この限りでない。」と定めています。
被告人が暴力をふるったり、逃亡を企てようとした場合、その時点で退廷(刑訴法288条)となり、被告人が落ち着くまで手続を中断することも多く(あるいは、被告人が退廷となり、不在のまま刑事裁判が行われることもあります。)、被告人が手錠をしたまま裁判を続けることはほとんどありません。
被告人を身体拘束したまま裁判を行った点が問題となった事例として、名古屋高裁金沢支部平成29年2月16日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成29年243頁)があります。
この判決では、第1回及び第2回公判において、裁判官が被告人を退廷させた上で審理を継続した点は違法ではないと判断しましたが、次のとおり、第3回及び第4回公判において、被告人の身体を拘束したまま開廷した訴訟手続を違法と判断し、原審を破棄し、差戻しました。この事例は、第1回の公判で、被告人が刑務官に殴りかかるなどしていた事例で、第3回公判においても暴れだす予測が可能な事件ではありますが、本判決は、身体拘束したまま公判を行うことができる要件を厳しく判断しています。
「刑訴法287条1項ただし書を適用して、公判廷において被告人の身体を拘束したまま審理を行えるのは、当該期日の公判廷において現実に被告人が暴力を振い又は逃亡を企てた場合に限ると解するのが相当であり、その要件を満たさないにもかかわらず、被告人の身体を拘束したまま開廷して審理を進行した原審の訴訟手続は、同項本文に違反し、判決にいたる手続過程において重大な違法があるから、それにより原判決自体が無効になるというほかない。また、そのような重大な違法状態の下でなされた判決宣告は、それ自体が無効というべきであって、この点においても、原審の訴訟手続に判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。」
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★