精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合の家族の責任について(その2)
2022年1月
弁護士 菅 野 亮
目次
(その1)
1 はじめに
2 精神障害者が第三者に損害を加えた場合の責任
3 責任能力がないとはどういうことか
【責任能力を肯定した裁判例〔未成年〕】
【責任能力を否定した裁判例〔未成年〕】
【責任能力を否定した裁判例〔成人〕】
4 責任能力がない場合でも民事上の責任を負う場合
(その2)
5 監督義務者とは
6 精神障害者と同居している配偶者は「監督義務者」にあたるか
7 平成28年最判で責任が否定された同居配偶者
8 同居していない家族が監督義務者に準ずべき者に該当する場合
9 おわりに
5 監督義務者とは
「責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」とされています(民法714条)。
例えば,未成年者が責任能力がないとしても,未成年者の法定代理人である親権者は未成年者の監督義務を負っていますので,原則として,損害賠償義務を負うことになります。
では,精神障害者の家族は監督義務者になるでしょうか。
この点に関する裁判例があり,紹介したいと思います。
「認知症により責任を弁識する能力のない者が線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた」(最高裁平成28年3月1日判決・民集70・3・681)事例で,鉄道会社が,同居していた配偶者及び同居していないが介護等に関与していた家族に損害賠償請求を行い,最高裁(以下「平成28年最判」といいます。)がこの点に関する判断を下しています。
6 精神障害者と同居している配偶者は「監督義務者」にあたるか
平成28年最判は,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない,と判断しています。
しかし,平成28年最判は,同居している配偶者は,「監督義務者」に当たらないとしつつ,「法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,法定の監督義務者に準ずべき者として,民法714条1項が類推適用される」と判断しました。
つまり,同居している配偶者は,当然に「監督義務者」にあたるということではありませんが,上記の判示内容を考慮した上で,「監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情」があるとされた場合には,監督義務者に準ずる者として責任を負うことになります。
7 平成28年最判で責任が否定された同居配偶者
平成28年最判は,上記6のとおり,同居配偶者であることをもって直ちに「監督義務者」に当たることはないが,「責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,法定の監督義務者に準ずべき者として,民法714条1項が類推適用される」と判断しました。
そこで,次に,どのような場合,特段の事情が認められる監督義務者に準ずべき者とされるのかが問題となります。
平成28年最判では,同居配偶者については,次のように述べて,監督義務者に準ずべき者に該当しないと判断しています。
「Aの妻Y1が,長年Aと同居しており長男Y2らの了解を得てAの介護に当たっていたものの,当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており,Aの介護につきY2の妻Bの補助をうけていたなど判示の事情の下では,Y1は,民法714条1項所定の法定の監督義務者に準ずべき者に当たらない。」
平成28年最判の事例では,同居の配偶者自身がかなりの高齢者で麻痺等もあることに加え,他の者(長男の配偶者)の補助をうけていたこと等もあって,監督義務者に準ずべき者に当たらないとされています。そうすると,同居の配偶者で,健康状態に問題もなく,介護等を全面的に行っていた場合は,監督義務者に準ずべき者に該当するという判断も有りうるところです(その場合,常に責任を負うということではなく,「監督義務者がその義務を怠らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りではない」とされています。)。
8 同居していない家族が監督義務者に準ずべき者に該当する場合
平成28年最判の事案では,同居していない長男Y2も鉄道会社から損害賠償請求をされていますが,平成28年最判の多数意見は,次のとおり述べて,同居していない長男についても,監督義務者に準ずべき者に該当しないと判断しています。
「Aの長男Y2がAの介護に関する話合いに加わり,Y2の妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながらAの妻Y1によるAの介護を補助していたものの,Y2自身は,当時20年以上もAと同居しておらず,上記の事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないなどの判示の事情の下では,Y2は,民法714条1項所定の法定の監督義務者に準ずべき者にあたらない。」
ただし,上記判示事項に関して,岡部喜代子裁判官らの意見があり,岡部裁判官らは,長男Y2については,法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当すると考える,と多数意見と異なる理由で結論を導いています。
岡部裁判官は,Y2にAの徘徊が予見可能で,その防止義務があるとした上で,
・2回の行方不明後に警察にあらかじめ連絡するなどの対処をしている,
・週6日のデイサービスの利用をしている,
・Y2自身もA宅を訪問している,
・Y2の妻Bによる見守り,付き添いをおこなっている,
等の事情を認定し,監督義務を怠っていなかったと判断しています。
9 おわりに
高齢化が進む中,認知症等の精神障害者の介護等が必要な家族が増えると思いますし,様々な事情から,施設利用等も難しい場合もあります。
その場合で,家族でできる限りの対応をしておけば,安易に責任追求されることはないと思いますが,そのための対応や,いざ精神障害を有する家族が事件に巻き込まれた際には,早急に弁護士等に相談することが望ましいと思います。
以上
→精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合の家族の責任について(その1)
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★