専門家証人に対する反対尋問
1 刑事裁判における専門家証人
刑事裁判において,様々な分野の専門家が証人になることがあります。
DNA型鑑定をした科捜研の技官,司法解剖をした法医,精神鑑定をした精神科医,画像解析をした専門家などが典型的ですが,それ以外にも,放火事件であれば火災の専門家,交通事件であれば交通事故の専門家などが法廷で証言することもあります。
2 専門家証人を尋問する難しさ
専門家証人は,一定の科学法則等に基づき証言を行うわけですが,まず,その科学法則や当該専門領域の用語を理解するのが困難です。交通事故時の速度を計算する際には,複雑な方程式を前提に,現場の状況(路面の状況,スリップ痕の有無・位置等)を当てはめていきますし,事件と類似する状況の実験等を行って,複数の実験データを得た上で,分析等する場合もあります。
単に,目撃証言であれば,現場を視察し,「似た人を見て思い込んだのではないか」とか,「実際は暗いので見えていないのではないか」といった反対尋問で持つべき視点に気がつくことは容易です。
しかし,専門家の意見は,その意見の成り立ちに,専門的な経験則が適用されていますので,そもそも,専門的な経験則を理解することから始めなければなりません。
また,主尋問でも,反対尋問でも,事実認定者に専門的経験則の合理性を分かりやすく伝え,専門用語をできるだけ排除し,言葉だけで理解が難しい場合は,ビジュアルエイド(視覚に訴える図面や写真)等を利用して尋問する必要があります。
3 専門的知見・意見かどうかの見極め
専門家が述べる意見のどこまでが専門的知見に基づく専門的意見なのか,見極めも重要です。
精神科医が精神医学の専門家であることは争いがありません。ただし,精神科医は,法律の専門家ではありません。
例えば,精神科医が,次のような意見を述べるとします。
① 被告人は,統合失調症です。
② 統合失調症の被害妄想や思考障害が,動機や行動に影響しています。
③ したがって,被告人は,心神喪失だと思われます。
精神科医は,臨床,あるいは研究の分野で,普段から,統合失調症の患者さんと接して,診察,治療,研究等を行っているわけですから,具体的な精神症状を考慮して診断をつけたり(①),症状が行動に与えた影響の分析(②)は,その専門領域に属する問題です。
しかし,責任能力に関する意見(③)は,精神科医の意見(①,②)を踏まえた上で,裁判所が最終的に法的に評価するものですから,③の責任能力に関する意見については,専門家として証言を求めるべき意見ではないということになります。
法医が,傷の状況だけでなく,「傷の状況から強い殺意があると推認できる」と証言したり,画像解析の専門家が「画像をクリアーにしたら,顔が鮮明になり被告人だと分かった」などと述べることもありますが,どこまでが,その専門領域に属する意見になるのか慎重に考える必要があります。
専門家証言の尋問準備をする際は,当該専門家が,その専門領域に基づき述べることができる意見はどこまでなのかを検討することも重要です。
4 専門家証人に対する反対尋問の技術
法廷技術の研究が盛んなアメリカでは,専門家証人に対する反対尋問の技術に関する議論も盛んに行われています。日本では,まだまだこれからだと思われます。専門家証人の尋問に関して,手に入りやすいものとして,次の2冊は,読みやすいです(ただし,ルベットの本は,アメリカのものです。)。
もちろん,専門家以外の反対尋問技術は,基本的には,専門家証人にも適用されるルールです。しかし,専門家証人は,経験した事実を語る証人と異なり,専門的経験則に基づく意見を述べる証人ですから,違いもあるように思われ,これらの文献は,専門家証人に対する反対尋問を検討する際,参考になるものです。
ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループ編著
『実践! 刑事証人尋問技術part2』(現代人文社・2017)
この本では,「専門家証人反対尋問編-専門家を尋問する秘訣を知ろう!」として,専門家(医師,法医等が想定されています。)への反対尋問を事例に則して検討しています。尋問例も示されており,イメージしやすい1冊です。
スティーヴン・ルベット著
『現代アメリカ法廷技法』(Steven Lubet ,Modern Trial Advocacy ,翻訳 菅原郁夫他,磁学社・2009)
『現代アメリカ法廷技法』では,専門家証人に対する反対尋問を次の項目の順序で検討しています。
A 証人の資格認定に対する異議申立て
B 有利な情報の獲得
C 学術論文の利用
D 証人の公平性に対する異議
E 欠落の指摘
F 代替情報
G 技術または理論に対する異議
こうして改めて見返すと「異議」の議論が盛んで,法廷であまり異議がでない日本の法廷との違いを感じます。
このうち,「C 学術論文の利用」と「E 欠落の指摘」については,日本の刑事裁判でもそのまま使える技術であると思われます。
「C 学術論文の利用」
尋問で,学術論文を利用して尋問を行うことがあります。
権威ある学術論文に記載された内容を前提に,有利な事実を認めさせたり,当該専門家を弾劾することがあります。
『現代アメリカ法廷技法』では,次のような例が紹介されています。
問:あなたは,ルベット(Lubet)の『モダン・トライアル・アドヴォカシー(Modern Trial Advocacy)』についてよくご存じですか?
答:もちろんです。
問:あなたは,その本がその分野で権威のあるものだと思いますか?
答:いいえ。
「いいえ」と証言される質問について,評価は分かれると思いますが,通常は権威ある学術論文であれば,「はい」という証人が多いと思います。
また,証人が,学会等で報告した論文を利用する場合もあり,さすがに,そのようなケースでは,過去の論文に書いた事項を否定することは多くありません(否定し,その理由が合理的に説明できる場合は使えない技法です。)。これは,学術論文の利用の技法というより,自己矛盾供述による弾劾に近いかもしれません。
「E 欠落の指摘」も,日本の法廷でも使える技法です。
『現代アメリカ法廷技法』では,次のような例が紹介されています。
問:エリオット博士,あなたはアーリントン博士が到達した結論とまったく異なる結論に至っていますね?
答:はい。
問:もちろん,あなた自身検視を行いませんでしたね?
答:はい,行いませんでした。
問:実際,あなたは事実に関する情報の全てをアーリントン博士に依拠しているのですか?
答:はい,そうです。
問:あなたは,あなたがアーリントン報告書から学んだもの以外,検視の実際の状況を何も知らないのですか?
答:そうです。
問:では,少なくとも収集した情報に関して,あなたはアーリントン博士の仕事を信頼してきたわけですね。
〔引用終了〕
検察官が,司法解剖した法医の意見が,検察官の主張を積極的に裏付けるものではないと判断した場合に,解剖所見・遺体に関する写真等を前提に他の法医に検察官主張を裏付ける証言をさせたり,鑑定人の意見に納得がいかないときに,その鑑定を前提に他の精神科医のセカンドオピニオンで立証する場合はあります。
そのようなケースでは,他の医師が,解剖したり,問診したことによって得られているデータを前提にしていることも多く,また,当該専門家の意見の前提となるデータも,記録化されているものに限定されているので,上記のような弾劾が有効な場合もあります。
もっとも,通常は,解剖した法医,あるいは鑑定した精神科医が検察官側の証人となり,弁護人の専門家は,それを前提に異なる意見を述べることのほうが多いので,上記のような弾劾を受けてもその専門的意見の信用性が揺らぐことのないような主尋問の工夫をすることが,弁護人側において必要になる場合も多いです。
以上
2021年10月
弁護士 菅 野 亮
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★