「合理的な疑い」とは何か?
刑事裁判における検察官が果たすべき証明責任の程度は、「合理的な疑い」を超える立証であると一般的に理解されています。この証明基準は、日本の刑事裁判においても最高裁判例によって確認されており、おそらくほとんどの国の刑事手続きにおいて採用されています。
イギリスにおいても、講学上は、「合理的な疑い」を超える立証が検察官に求められるという点は当然に認められています。ただし、近年の議論では、陪審員に対して「合理的な疑い(reasonable doubt)」という用語で説明すると、あるべき証明基準よりも低い基準として理解されてしまうとの理解が一般的です。そのため、現在の実務においては、証明基準について、裁判官から陪審員への説明は、「確信があるか(sure)否か」という説明をすることで統一が図られています。当事者が弁論等で「合理的疑い(reasonable doubt)」という言葉を使った場合には、裁判官から陪審員に対して、「確信があるか」という基準と同じ意味であるとの説明がされることになっています。
このような説明については、証明基準の程度を過度に高くしているとの批判もあります。実際に、過去の調査では、「確信があるか」という証明基準を数値化した場合には、「100%」の立証が求められているとの印象を持つ人の割合が高いことが示されています。
あるべき証明基準の説明方法については、一義的な正解があるわけではなく、イギリスの実務が正しいとは限りません。ただし、刑事訴訟の根幹に関わる重要な概念について、長年に渡る議論が今も行われ、実務もそれに応じて変化し続けているという点については、イギリスの実務を見習うべき点が多いように思われます。
弁護士 中井淳一
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★