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最高裁で弁論した事件の結果報告(最高裁第一小法廷令和2年1月23日)

2021.04.28ブログ

2021年4月 
弁護士 菅野 亮

当職が,最高裁で弁論した刑事事件の結果について紹介します。
この事件で最高裁が取り上げたテーマは,第1審判決が無罪判決で,検察官控訴があった事件で,「控訴審が有罪の自判をする場合ににおける事実の取調べの要否」です(第1審は,千葉地方裁判所で,一部の事件について無罪判決が出され,検察官が控訴していました。)。

判例では,第1審が無罪判決であった場合,控訴審において事実の取調べをすることなく控訴審が有罪判決にすることは,刑事訴訟法400条但書によって許されないとされていました(昭和26年(あ)第2436号同31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁,昭和27年(あ)第5877号同31年9月26日大法廷判決・刑集10巻9号1391頁)。

検察官は,無罪事件に関して控訴した場合,控訴審段階で,証拠調べ請求することが一般的ですが,控訴審がこれらの証拠調べ請求を却下した場合,弁護人としては,上記判例に従えば,逆転有罪判決はなく,検察官控訴は棄却されるか,最悪でも,原判決を破棄して,差戻しという判断しかないことを知っています。

この判例にチャレンジした裁判例が,東京高裁平成29年11月17日判決です(刑集74巻1号76頁)。東京高裁平成29年判決は,「刑訴法の仕組み及び運用が大きく変わり,第1審において厳選された証拠に基づく審理がされ,控訴審において第1審判決の認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に指摘できる場合に限って事実誤認で破棄されること,起訴前国選弁護制度や取調べの録音録画の実施により被告人が黙秘権を行使することも多くなっていること,本件判例に抵触しないために検察官から請求された証拠を調べるとすると,取調べの必要性も第1審の弁論終結前に取調べを請求できなかったやむを得ない事由も認められない証拠を採用することになる」などと述べて,判例は変更されるべきだと述べました。

東京高裁平成29年判決に対する判断が,最高裁令和2年1月23日です。
要旨は次のとおりです(裁判所のHPに判決文全文は掲載されておりますので興味ある方はご覧下さい。)。

「第1審判決が公訴事実の存在を認めるに足りる証明がないとして,被告人に対し,無罪を言い渡した場合に,控訴審において第1審判決を破棄し,自ら何ら事実の取調べをすることなく,訴訟記録及び第1審裁判所において取り調べた証拠のみによって,直ちに公訴事実の存在を確定し有罪の判決をすることは,刑訴法400条ただし書の許さないところとする最高裁判例(昭和26年(あ)第2436号同31年7月18日大法廷判決・刑集10巻7号1147頁,昭和27年(あ)第5877号同31年9月26日大法廷判決・刑集10巻9号1391頁)は,刑訴法の仕組み及び運用が大きく変わったことなど原判決の挙げる諸事情(判文参照)を踏まえても,いまなおこれを変更すべきものとは認められない。」

この判断は,従来の判例法理を維持したもので,新しい判断ではありません。
控訴審において裁判長経験もある大島隆明日本大学教授は,「この判例法理には疑義がないわけではない」としています(『令和2年度重要判例解説』145頁)。
控訴審を経験する裁判官からすれば,新たな証拠調べをしなくとも,第1審無罪判決を変更する判決を出せるという感覚があるのかも知れません。もっとも,大島教授ご自身も,上記最高裁の結論については,「政策的配慮から確立した準則は不合理なものとはいえない」と評価していますので,この判例法理が維持されること自体への異論は少ないのかも知れません。

最高裁で弁論が開かれるのは,死刑事件を除いて,控訴審の判断が覆される場合です。弁論が開かれたということで,最高裁の判断はある程度予想されたものではありますが,最高裁で弁論をする機会は多くありませんので,思い入れのある事件です。

なお,当事務所では,定期的に事務員研修のために,事務員に裁判を傍聴してもらっていますが,この事件でも,事務員が最高裁の弁論を傍聴しています。最高裁の弁論の雰囲気などは,事務員の傍聴記をご覧下さい。

以上

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★