あおり運転に対する罰則が創設されました
今年(令和2年)6月10日に発布された「道路交通法の一部を改正する法律(令和2年法律第42条)」で,あおり運転に対する罰則が創設されたので,その内容を解説します。
1 罰則を定めた条文構造
⑴ 改正道路交通法(以下,「法」といいます。)で新設された法117条の2の2第1項11号(以下,「本号」といいます。)には,「他の車両等の通行を妨害する目的で,次のいずれにかに当たる行為であって,当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるものをした者」は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処すると規定されており,これが今回創設された,あおり運転に対する罰則規定になります。
この条文で指摘される「次のいずれかに当たる行為」として,本号は既に法で違反行為とされているものが列挙していますが,その内容,つまり,あおり運転となり得る違反行為(以下,単に「違反行為」ともいいます。)の内容については,本稿2項で解説します。
ここでは,前提として,それらの違反行為があおり運転と認められるための要件について解説します。
⑵ あおり運転として処罰されるのは,違反行為が「他の車両等の通行を妨害する目的(以下,「妨害目的」といいます。)」で意図的に敢行された場合に,限定されています。
つまり,例えば,単に運転が下手なため違反行為に及んでしまった場合や,何らかの危険を避けるためにやむを得ず違反行為に及んだ場合,更には単なる不注意で違反行為と取られる運転に及んでしまった場合などには,妨害目的が認められないため,あおり運転として処罰される危険もありません。
そして,妨害目的があったかなかったかは,実際には,違反行為の客観的態様(明らかに危険な速度,急激な動き,被害車両への接近の度合いや回数など)や,違反者の客観的言動(被害車両の運転者に対する挑発的な態度や暴言等)から推認されることになります。
最近は,ドライブレコーダーを装着した車両が多いことから,ドライブレコーダーに残された録画データが決定的な証拠とされて,悪質なあおり運転行為が見逃されることなく,かつ,厳しく処罰されることになっていくと予測されます。
⑶ さらに,本号では,妨害目的に加えて,違反行為が「当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるもの(以下,「交通の危険を生じさせるおそれのある方法」といいます。)」であることが,あおり運転として処罰するための要件とされています。
2項で解説するとおり,違反行為自体が交通の危険を生じさせ得る行為と言えるのですが,本号は,さらに,その違反行為が,実際に,交通の危険を生じさせるおそれのある方法と認定されなければ,あおり運転としては処罰できないと規定することによって,あおり運転罪の成立に絞りをかけているわけです。
例えば,高速道路上で追越車線を走行中の車両を,走行車線から強引に追い抜き,同車両の直前に自車を割り込ませて急ブレーキをかけるような危険な違反行為は,明らかに,交通の危険を生じさせるおそれのある方法と言えるでしょう。
しかし,例えば違反行為として列挙されている車両等の灯火に関する違反が問題となった場合に(違反の内容は本稿2項で解説します。),それのみで交通の危険を生じさせるおそれのある方法と言い得るかは疑問であり,この点に関しては,今後の裁判例の推移を注意深く見ていく必要があります(この点に関し,本稿3項で,筆者の若干の考察を述べさせていただきます。)。
今後,注目すべき裁判例が出た場合には改めて紹介させていただきたいと考えています。
2 あおり運転となり得る違反行為
本号で,あおり運転になり得る違反行為として具体的に列挙されているのは,次の10個の違反行為です。
⑴ 法17条〔通行区分〕に違反する行為(本号イ)
法17条は,車両が道路を通行する場合の通行区分についての基本的な原則を定めた規定であり,この規定に違反した場合,3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられます(法119条1項2号の2)。
具体的な違反内容については,法17条に6項にわたる細かなルールが定められていますが,要するに,車両は,歩道等と車道の区別のある道路においては車道を走らなければならず,車道を走るときは道路の中央から左の部分を通行しなければならないというものです。
そして,このルールに違反し,例えば車両を車道からはみ出して走らせたり,道路の中央から右側にはみ出して走らせたり,センターラインを越えて反対車線を逆行させた場合であり,かつ,妨害目的が認定され,更には道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法と認定された場合には,本号により,あおり運転として更に重く処罰される(前述のとおり3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)こととなります。
ちなみに,「車両」とは,自動車,原動機付自転車,軽車両及びトロリーバスを指し(法第2項第1項第8号),路面電車(道路上を走ることから法の規制対象になり得る乗り物です)は含みません。そのため,法は,路面電車を含めた用語として「車両等」という言葉を使うこともあります(下記イ等参照)。
⑵ 法24条〔急ブレーキの禁止〕に違反する行為(本号ロ)
法24条は,車両等の運転者は,危険を防止するためやむを得ない場合を除き,車両等を急に停止させ又は速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない旨規定しており,この規定に違反した場合,3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられます(法119条1項1号の3)。
この違反行為も,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑶ 法26条〔車間距離の保持〕に違反する行為(本号ハ)
法26条は,車両等が同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは,直前の車両等が急に停止したときに追突を避けることができるため必要な距離を保たなければならない旨規定しており,高速自動車国道又は自動車専用道路でこの規定に違反した場合には3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に(法119条1項1号の4),一般道路上での違反であっても5万円以下の罰金に(法120条1項2号),それぞれ処せられます。
この違反行為も,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑷ 法26条の2〔進路の変更の禁止〕2項に違反する行為(本号ニ)
法26条の2は,1項で車両はみだりに進路を変更してはならない旨規定した上,2項では,同一進路を後方から進行してくる車両等の速度又は進路を変更させるおそれがあるときの車線変更を禁止しており,同項に違反した場合には5万円以下の罰金に処せられます(法120条1項2号)。
この違反行為も,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑸ 法18条〔追越しの方法〕1項又は4項に違反する行為(本号ホ)
法28条は,車両が他の車両等を追い越そうとする場合における追越しの方法について定めたものであり,1項では,車両が他の車両を追い越そうとするときは前車の右側を通行しなければならないと定め,4項では,車両が路面電車を追い越そうとするときの安全保持のためのルールが定めています。
これらの規定(法28条1項,4項)に違反した場合,3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられますが(法119条1項2号の2),これらの違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑹ 法52条〔車両等の灯火〕2項に違反する行為(本号ヘ)
法52条は,車両等の灯火について定めたものであり,2項では,車両等が他の車両等と行き違い,又は他の車両等の直後を進行する場合には,灯火を消し又はその光度を減ずる等の操作をしなければならない旨規定しています。
この規定(法52条2項)に違反した場合,5万円以下の罰金に処せられ(法120条1項8号),過失であっても同額の罰金に処せられることがありますが(法120条2項),この違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑺ 法54条〔警報器の使用等〕2項に違反する行為(本号ト)
法54条は,警報器を使用すべき場合(1項)と,警報器を使用してはならない場合(2項)を定めたものです。そして,2項は,1項で定めた警報器を使用すべき場合(左右の見通しのきかない交差点を進行する場合等),又は危険を防止するためにやむを得ない場合以外には,警報器を鳴らしてはいけない旨規定しています。
この規定(法54条2項)に違反した場合,2万円以下の罰金に処せられますが(法121条1項6号),この違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑻ 法70条〔安全運転の義務〕に違反する行為(本号チ)
法70条は,車両等の運転者が,ハンドルやブレーキを確実に操作し,交通の状況に応じて他人に危害を及ぼさない速度と方法で運転しなければならない旨の,いわゆる安全運転義務を規定したものです。
この規定(法70条)に違反した運転者は,3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処せられ(法119条1項9号),過失であっても10万円以下の罰金に処せられることがあり(法119条2項),この違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑼ 法75条の4〔最低速度〕に違反する行為(本号リ)
法75条の4は,自動車が高速自動車国道の本線道路においては,やむを得ない場合等を除き,指定され又は政令で定められた最低速度に達しない速度で進行してはならない旨を規定しています(政令で定める最低速度は50キロメートル毎時とされています。)。
この規定(法75条の4)に違反した運転者は,5万円以下の罰金に処せられますが(法120条1項2号),この違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
⑽ 法75条の8〔停車及び駐車の禁止〕1項に違反する行為(本号ヌ)
法75条の8は,高速自動車国道又は自動車専用道路における停車及び駐車の禁止について定めたものであり,1項では,自動車は,故障等のやむを得ない場合等を除き,高速自動車国道及び自動車専用道路上で停車又は駐車してはならない旨を規定しています。
この規定(法75条の8第1項)に違反した運転者のうち,車両等を放置した者は15万円以下の罰金に(法119条の2第1項2号),放置行為がなかった者は10万円以下の罰金に(法119条の3第1項4号),それぞれ処せられますが,この違反もまた,あおり運転として処罰され得る違反行為のひとつに列挙されています。
3 今後の取締りについて予測されること
⑴ 今回の法改正によるあおり運転に対する罰則の創設は,平成29年6月に東名高速道路上で発生したあおり運転に伴う死亡事故(あおり運転により高速道路上に停止させられた乗用自動車に後続の大型トラックが追突し被害者夫婦2名が死亡し,被害者の子供2名が負傷した事案)や,令和元年8月に常磐自動車道路上で発生したあおり運転事案(被害車両に対し,高速道路上で,数キロメートルに渡り,直前蛇行,割り込み,急ブレーキなどのあおり運転を繰り返して停車させた犯人が,各地で同様のあおり運転を繰り返していたことが判明した事案)が大きな社会問題となり,これを抑止すべきという強い世論が後押したものであったと言えます。
このような立法経過から,今後,警察は,あおり運転撲滅の名の下に,その抑止に向けて人・物・金を投入し,その摘発にも本腰を入れてくることが予測されます(報道ではヘリコプターの導入なども検討されているようです。)。
しかし,その反作用として,(絶対にあってはならないことですが)警察の勇み足により,法的にはあおり行為と認められない違反行為が,あおり行為として検挙されたり,裁判所もその誤りに気付かないまま,あおり運転と認定されて高額な罰金の略式命令が発布されてしまう事態が予測されます。
⑵ 特に,法117条の2の2第1項11号(本号)は,これまで解説してきたとおり,その条文構造が複雑なため,格別の注意が必要です。
すなわち,本号が列挙する,通行区分違反(本号イ),急ブレーキの禁止違反(本号ロ),車間距離の保持違反(本号ハ),進路の変更の禁止違反(本号ヒ),追越しの方法違反(本号ホ),安全運転義務違反(本号チ),最低速度違反(本号リ),高速自動車国道等における停車及び駐車の禁止違反(本号ヌ)は,それが被害車両を標的に行われた場合には,被害車両の走行に物理的に影響し得る危険性が高いことから,現実に,交通の危険を生じさせるおそれのある方法と認定し得る場合も多いように思われます。
しかし,車両等の灯火違反(本号ヘ)及び警報器の使用違反(本号ト)については,仮にそれが被害車両を標的に行われた場合であっても,直ちに被害車両の走行に物理的に影響し得る危険性が高いとまでは言えず,当該違反行為自体が道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法とまで言えるのかは,甚だ疑問です。
つまり,あおり運転に対する罰則を定めた本号は,本来は物理的危険性が乏しい灯火違反・警報器の使用違反まで広く列挙することによって,違反取締りののための大きな「網」を警察に与える一方で,妨害目的と,交通の危険を生じさせるおそれのある方法という要件の充足を求めることによって,あおり運転の認定に一定の絞りをかけた条文構造になっているとも考えれます。
したがって,今後の取締りにおいては,例えば最終的に被害車両を高速自動車国道上で停止させた急ブレーキ違反という1個の違反行為だけが問題とされるのではなく,そこに至る経緯において,被害車両の直後に接近してハイビームで照らしたり(車間距離の保持違反・車両等の灯火違反),被害車両の直前に割り込んで自車を停車したり(通行区分違反・警報器の使用違反)を繰り返すなどの行為全体がひとつひとつ取り上げられて,これらの幅広い事実から,妨害目的や「当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法による」ものであったことが認定され,処罰につながっていくことになるでしょう。
しかし,交通取締を行う警察官が,道路交通法(法)の内容を熟知しているとは限りませんので,例えば警報器の使用違反のみであおり行為して検挙され,処罰されてしまうおそれは否定できないのです。
⑶ あおり行為は,憎むべき,卑劣な犯罪行為です。
しかし,今回創設された法117条の2の2第1項11号(本号)は,取締り対象とされ得る違反行為が幅広いため,警察の勇み足によって,法的にはあおり運転として検挙できない事案が本号により検挙されてしまう危険が伴います。
また,交通違反の多くは,略式命令による罰金事案として処理されることが多く,その手続の中で弁護士が関与する機会が乏しいことから,法的な誤りが見過ごされて誤った処罰を受けてしまう危険もあります。
そのため,この種事案で検挙されたときに,少しでも警察の対応に問題があると感じた場合には,まずは,刑事事件に精通した弁護士に相談されることをお勧めします。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★