筆界特定制度を利用した「境界」紛争解決について
1 筆界特定制度について
「筆界」が不明な土地所有者は,筆界特定制度を利用することができます(所有権に関する境界である「所有権界」については明らかになるものではありません。なお,「境界」紛争全般について「境界紛争の解決方法について」をご覧下さい。)。
筆界特定制度は,平成18年1月から始まった比較的新しい制度です。
裁判(筆界確定訴訟)は,原告となる当事者が「筆界」の位置等について,主張・立証していくことになりますが,筆界特定制度では,筆界特定調査委員(土地家屋調査士であることが多いです。)という境界に関する専門家が調査を担当し,その調査を踏まえて筆界特定登記官が筆界を特定するものです。
千葉地方法務局では,下記図のとおり,平均的には,年間50~60件の新たな申立てが行われ,40件前後の特定がされています。
2 利用しやすさ
裁判というと隣地所有者と法廷で争うイメージがあるのに対し,筆界特定制度は,法務局が調査を進めていく制度であることから紛争のイメージが裁判よりは薄いかもしれません。
また,土地の価格の合計額が4000万円までは,申請手数料は,8000円と手数料は比較的低額です。
実際の筆界特定制度の利用状況を見ると,土地家屋調査士の助言等を受けつつ,弁護士を付けずにこれを進めているケースも多いです。
なお,下記図のとおり,千葉地方法務局においては,筆界特定制度の取下により事件終了が年間20件以上あります(多い年は,50件近く取下げられています。)。どのような理由で取下げにいたったのかは不明ですが,思っていたイメージと異なっていたり,紛争解決のために他の制度を利用する結果,取下げにいたったケースも相当数あると思われ,きちんと手続のイメージをもって利用することが重要です。
3 筆界特定制度利用の留意点
筆界特定制度の問題点の1つは,この制度で特定されるのはあくまで「筆界」であり,「所有権界」ではないということです。
例えば,隣地のブロック塀が越境しているので,境界を明らかにしたいと考えて,筆界特定制度を利用し,筆界が明らかになったとしても,それは公法上の筆界が明らかになったに過ぎず,所有権界が判明する手続ではないことから,ブロック塀を撤去するためには,所有権に基づく妨害排除請求としてのブロック塀の撤去を求める裁判を別途起こす必要があります(筆界が特定されることで,隣地所有者と協議が進むことになれば,別途訴訟を行う必要はありませんが,長期間越境状態が続いていたようなケースでは,相手方から時効取得の主張がなされることもあり,筆界が特定されても問題解決に直結しない場合もあります。)。
また,利用しやすさの点で,手数料が比較的低額であることを指摘しましたが,筆界特定をするために,測量が必要となり,その測量費用は負担することになります。測量費用は,広さによって異なりますが,50万円を超える費用がかかる場合もあり,手数料以外の負担があることは理解しておく必要があります。
4 筆界特定に要する時間
2015年の全国の統計では,筆界の特定まで約8.8ヶ月,3分の2が1年以内に終了しています。
しかし,筆界特定が困難な地域や当事者の協力が得られにくい等の事情があると筆界特定まで1年を超えるものもあり,千葉地方法務局においても筆界特定まで2年近くかかっていた事件もあります。
筆界特定制度は,一般的には,裁判よりも早くて簡易な制度といえますが,上記事情により,2年近くかかった上,さらに所有権の争いが残ってしまい,そこから裁判を行うのでは,問題解決に長期間を要してしまい,当初から訴訟を選択することが望ましいケースもあるように思います。
5 筆界特定の効果
筆界特定制度を利用した場合,筆界が特定され,筆界特定書が作成されます。これにより筆界の紛争が解決することが理想ですが,判決に認められる確定力はなく,筆界特定の結果について不服がある場合,筆界確定訴訟で,その結果について争うことが可能です。
もちろん,境界に関する専門家が調査した上で,特定されるので,その結果は裁判実務でも尊重されていますが,筆界特定と異なる判断がされたケースもあります(そのような事例の分析として「筆界特定を行った事案についての裁判例の動向」判例タイムズNO1429・40頁があります。)。
境界紛争を解決するための手段として,筆界特定制度がベストの選択なのかについては,一概には言えません。専門家と相談した上で,利用することが望ましいと思います。
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★