アンナチュラル?な法医学の話①(法医学がめざすもの)
実は,石原さとみ大ファンである筆者は,3月までTBS系「金曜ドラマ」で放送されていた「アンナチュラル」を,毎週欠かさず見ていました。
主演の石原さとみが演じる法医学者三澄ミコトが,異状死(unnatural death)体を司法解剖し,更には死体現場に何度も足を運び刑事さんのような犯罪捜査をしたり,時には犯人と直接対決となって命からがら逃げ帰ったりしながら(これは無茶過ぎます),難事件を次々と解決していくというサスペンスドラマです。
ミコト自身が,幼い頃に両親が不審死した犯罪被害者であったり,同僚の風変わりな法医学者中堂系(井浦新)もまた,かつての恋人を惨殺した犯人を執拗に追い続けていたなど,それぞれの関係者が背負う秘められた過去もまた,このドラマを盛り上げてくれた要素のひとつでした。
このドラマでクローズアップされた「法医学」は,「医学的解明,助言を必要とする法律上の案件,事項について,科学的で公正な医学的判断をくだすことによって,個人の基本的人権の擁護、社会の安全、福祉の維持に寄与することを目的とする医学」と定義されています(1982年日本法医学教育委員会報告)。
日本における法医学の歴史を少し紐解いてみると,明治維新以前は,医学の他の分野と同じく中国医学の影響のもとにありましたが,オランダを通じて西洋医学を学ぶ気運も高まっており,既に1962年(文久2年)には,長崎の医学伝習所において,オランダ軍医が法医学的な事項についても教えていたと言われています。
明治維新後は,1875年(明治8年)に警視庁病院に設けられた裁判医学校で外国人の解剖学講師が裁判医学の講義を行い,1888年(明治21年)には,日本法医学の開祖と言われている片山国嘉が,ドイツ・オーストリア留学から帰国し,東京大学医学部に日本で初めての裁判医学教室を創設し,講義を開始しました。
1891年(明治24年),従来の裁判医学の名称が法医学に改められた後,京都大学,九州大学,東北大学,大阪大学などに,順次,法医学教室が創設され,1914年(大正3年)には日本法医学会が創設されました。
そして,今では,全国の主要な大学医学部に法医学教室が設置されています。
法律事務所シリウスがある千葉県内では,千葉大学に法医学教室が置かれています。
この千葉大学法医学教室では,岩瀬博太郎教授を中心に,全国に先駆けて死体の画像診断を取り入れるなど最新鋭の設備を積極的に充実させながら,非常に熱心に,法医学の教育・研究・実務に取り組まれていると聞いてます。
さらに,2014年(平成26年)4月には,法医学教室を軸に,法医学を法病理学,法医画像診断学,法中毒学,法歯科学,法遺伝学及び臨床法医学という互いに連携する6つの専門領域にわけ,法医学的諸検査を実施しながら、教育・研究の充実を図る拠点として,千葉大学法医学教育研究センターが開設され,更に積極的な取り組みが行われているようです(同センターのホームページに詳しく紹介されています。)。
ところで,ドラマ「アンナチュラル」を盛り上げる大きなヤマ場の一つが,司法解剖や,その結果を踏まえて死因が究明されていくプロセスであったことからもわかるように,法医学がめざすもの(対象・目的)の大きな柱が,死体の死因究明であり,そのための司法解剖であることは間違いありません。
しかし,法医学の対象・目的は,死体の死因究明だけではありません。
法医学の教科書によれば,法医学の対象・目的は,①生体の検査(損傷検査,疾病検査,薬毒物検査,親子鑑定,個人識別,産科的検査),②死体の検査(損傷検査,疾病検査,薬毒物検査,個人識別),③その他(カルテ,鑑定書,供述調書などについて,医学的な判断を求められることがある)などと分類されています。
たとえば,臨床法医学という研究分野は,まさに生体(①)を対象とした研究分野であり,生きている人の身体の傷の状況から成傷原因を推定する,つまり,その傷がどのような凶器(人の手や指などの場合もあります)によって,どのような攻撃を受けてできたのかを推定することを目的としている研究分野です。
この臨床法医学の研究成果は,例えば,未だ言葉も話せない幼児に対する性的虐待が疑われる事案において,その傷や痕跡のみから虐待行為があったことを推認し得る科学的方法として,児童福祉の現場や,児童虐待に対する捜査の現場で,広く活用されるようになっています。
また,例えば子供の認知や産科医院での乳児取り違えが問題とされた場合などには,血液型検査やDNA型判定による親子鑑定がよく行われますが,これもまた,生体(①)を対象とした法医学の研究分野に分類されてます。
他方,先日も大津地裁で再審開始決定があった再審請求事件(刑事裁判のやり直しを求める事件)の裁判では,確定した裁判で取り調べられた解剖鑑定書に対し,別の法医学者が異なる意見を述べた意見書等が「新たな証拠」として取り調べられることもあります。
それがまさに,その他(③)に分類された,鑑定書について判断を求められる場合と言えるでしょう。
また,著名な再審無罪事件である足利事件や東電OL殺害事件で,菅谷さんやゴビンダさんが真犯人ではないことを証明する決め手になったとされるDNA鑑定は,死体に付着していた微物を対象として個体識別を行う(誰が残した微物であったのかの判断を行う)ものですから,これもまた,その他(③)に分類される法医学の研究分野といえるでしょう。
このように,法医学は,必ずしも異状死体の死因究明だけをめざしたものではなく,私たちの身の回りに起こり得る様々な法的問題を解決するために有益な専門的知見を提供してくれる,とても身近な学問・研究なのです。
弁護士 金子達也
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★