3 精神鑑定の課題
(1)精神鑑定の質にはばらつきがあること
弁護士にも,経験や能力に差があるように,鑑定を行う精神科医の経験や能力にも差があるのが実情です。
鑑定書をみても,まず,被告人の問診を丁寧に行っているかどうかでもかなりの差があります(鑑定書に問診の記録が添付されていないことはありますが,問診記録が別途ある場合もありますので,鑑定書に問診状況が添付されていないからといって,丁寧な問診がなされてないとは限りません。)。
また,妄想が主症状の場合であっても,統合失調症,妄想性障害,覚せい剤精神病等の鑑別診断が問題となるようなケースでは,どのような証拠と論理で特定の診断名をつけたかが問題となりますが,それを豊富な資料を前提に丁寧に説明する鑑定書もあれば,どのような思考経過で鑑別診断されたか鑑定書を読んでも分からないような鑑定書もあります。
鑑定書の記載が不十分であったとしても,鑑定人の話を聞けば,かなり精緻な分析が行われてることが分かるケースもありますが,やはり鑑定書を見る限り,鑑定人の経験や能力の差があるのが実情です。
(2)資料が不十分なまま鑑定が行われることがあること
起訴前鑑定は,概ね勾留開始から10日から2週間程度の時期に行われることが多いです。事件発生直後に身体拘束され,そのまま精神鑑定が行われる場合,被告人の通院歴・生活史に関する資料が十分でない事例も見受けられます。
例えば,発達障害の診断が問題になるにも関わらず,幼少期あるいは学童期の客観的資料が不足したまま鑑定が行われることがあります。
なお,そもそも通院歴もなく,長年引きこもっていた状況であると,生活状況や病状を評価するための事実や証拠が不足している事件もありますので,そのような事件で,安易な推測で鑑定意見が述べられることもあります(例えば,引きこもりで,同居の家族とも軋轢があったであろうから,家族への攻撃が了解可能などというものもありますが,実際は家族との関係がさほど悪くない場合もあり得ます。)。
(3)精神科医にとっても分からないことはあること
私たち法曹は,鑑定が行われたケースでは,ついつい,「なぜ,このような事件を起こしたのか?」,「精神症状と犯行の機序を説明してください。」などと問いかけがちです。
しかし,精神障害のない被告人の事件であっても,分かりやすい動機がある事件もあれば,動機がよく分からない事件もあります。
そして,骨折などのように外部からみて確認できる傷害とは異なり,統合失調症の幻覚妄想状態で行為にどのような影響が及びうるのかについて科学的にクリアーに分かるということでもありません。
結局,責任能力の有無は,法的非難が可能かどうかという視点でみていくことになりますが,精神障害が事件に影響した機序や程度を厳密に量的評価することはできないので,そのことを自覚する必要があると思います。
精神科医からも,分からないことは分からないとおしゃっていただける先生もいらっしゃいますが,聞かれたことに誠実に答えようとするあまり,専門的意見ではない,単なる感想を述べてしまうことや,それが法廷で専門的意見のように扱われる可能性もあります。
(4)精神科医が7つの着眼点を誤用することがあること
精神鑑定を均質化するために,精神科医の科研費研究として「刑事責任能力に関する精神鑑定書作成の手引き」が作成されました(現在出ているものは,「平成18~20年度総括版(ver.4.0)です。)。この手引きに,「7つの着眼点」という記載項目があります(最高検などの書式にも同様の項目があります。)。
【7つの着眼点】
a 動機の了解可能性/了解不能性
b 犯行の計画性,突発性,衝動性
c 行為の意味・性質,反道徳性,違法性の認識
d 精神障害による免責の可能性の認識
e 元来ないし平素の人格に対する犯行の異質性/親和性
f 犯行の一貫性・合目的性/非一貫性・非合目的性
g 犯行後の自己防御・危険回避的行動
この7つの着眼点は,精神科医が法廷で法曹から問われることの多い質問を整理しただけのものですが,精神科医側にも,法曹側にも,これがあたかも責任能力の判断基準であるとの誤解がある場合があります。
また,動機が了解可能か不能かは,事実認定者が判断すべき事柄ですし,この着眼点の多くは,先ほど述べた8ステップからすれば,5ステップ目以降の話であることが多いように思われます。
また,各項目の記載をみていても,「動機が了解可能」とだけ記載されているような鑑定書もありますが,「動機に精神障害・症状がどのように影響したのか,あるいは正常な心理状態がどのように影響したとみれるのか」ということを専門家に聞きたいのであって,了解可能か不能かという判定が聞きたいわけではありません。
このような視点で整理することが有益であることもありますが,7つの着眼点については誤解も多く,実務では,7つの着眼点は不要という議論もあるところです。
(5)弁護人の課題
裁判官や検察官は,鑑定書を読んだり,鑑定人と話をしたりする機会が一般の弁護士よりも多く,弁護士よりも,知識が豊富なことも多いです。
私自身は,司法精神医学会に所属して,学会やワークショップに出たり,日弁連刑事弁護センター・責任能力PTに所属している関係で,精神科医の先生方と意見交換したり(日弁連と司法精神医学会では定期的に意見交換会を開催しています。),論文等を読む機会はありますが,多くの弁護士にとっては,精神科医の先生に相談すること自体が難しいと聞くことが多いです。
今後,精神科医やその他の専門家との連携が必要になる事件も多くなると思います。弁護士が正確な知識を持つことも大事ですが,信頼できる専門家とのネットワーク作りも大切だと感じています。
弁護士 菅野亮
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★