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飲酒と犯罪(その2)

2025.02.25ブログ

2025年1月
弁護士 菅 野 亮

1 飲酒と犯罪(その2)の内容

 飲酒と犯罪(その1)では、刑事裁判において、飲酒していた事情がどのように評価されるか紹介しましたが、飲酒と犯罪(その2)では、飲酒により、人の身体にどのような症状が生じるのか整理し、責任能力が問題となる場合の検討をします。

 

2 飲酒による障害

「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)では、飲酒による障害について、アルコール関連障害群として、以下のとおり整理しています。

 ○ アルコール使用障害
 ○ アルコール中毒
 ○ アルコール離脱
 ○ 他のアルコール誘発性障害群
 ○ 特定不能のアルコール関連障害

 DSM-5には、アルコール使用障害に関して次のような記載があります。

「アルコール使用障害は事故、暴力、そして自殺の危険性の有意な増大と関連している」
「重度のアルコール使用障害は、とりわけ反社会性パーソナリティ障害の人においては、殺人を含む犯罪活動の遂行と関連している。また、重度の問題あるアルコール使用は、脱抑制と悲嘆や易怒性の感情をもたらすため、自殺企図と自殺既遂の一因となることが多い。」

 アルコール使用障害が刑事事件に結びついた場合、刑事事件そのものへの反省だけでなく、その事件の原因となりうるアルコール使用障害に対する治療的なアプローチも、再犯防止の観点で重要なものとなります。
 
 DSM-5では、アルコール使用中または使用後すぐに次の症状が発現することを、アルコール中毒の診断基準としています。

「C 以下の徴候または症状のうち1つ(またはそれ以上)が、アルコール使用中または使用後すぐに発現する。
 (1)ろれつの回らない会話
 (2)協調運動障害
 (3)不安定歩行
 (4)眼振
 (5)注意または記憶の低下
 (6)昏迷または昏睡 」

 また、アルコール離脱の診断基準の1つには、「B(5)一過性の視覚性、触覚性、または聴覚性の幻覚または錯覚」の症状があげられています。

 アルコール使用や離脱時期に上記のような症状が生じ、刑事事件が生じることがあるため、アルコール摂取の影響で事件が生じたと考えられる場合には、精神鑑定が実施され、アルコール関連障害が事件に影響したのかどうか、専門家の意見を確認することになります。

 

3 飲酒事案の責任能力

 飲酒が原因となって発生する刑事事件は少なくありませんが、もちろん、通常の飲酒であれば、責任能力が問題になることはありません。飲酒して、気が大きくなって、飲酒運転をして事故を起こしたからといって、通常は、精神鑑定も行われず、責任能力が問題になることはありません。

 しかし、飲酒の影響で、幻覚妄想状態にあると思われるような事件であれば、精神鑑定が行われ、責任能力の有無が裁判でも問題になります。
 飲酒酩酊を原因に心神喪失が認められる事件はかなり少ないですが、以下で紹介する事案は、「飲酒による急性アルコール中毒」を原因として心神喪失となりました(その他の精神作用物質の影響もあった可能性が認定されています。)。

○ 札幌地判平成30年6月19日・殺人
責任能力の有無が争われた殺人被告事件について、被告人は飲酒による急性アルコール中毒の状態、覚せい剤等の精神作用物質の使用による精神障害が再度誘発された現象(フラッシュバック現象)の状態又はこれらの混在した状態にあった可能性があり、責任能力があったと認定するには合理的疑いが残るとして無罪が言い渡された事案

 なお、この事案の被告人は、被害者を殺害する動機がない上、飲酒後、次のようにかなり奇妙な行動をとっていることは事実であり、何らかの精神障害の影響が被告人の行動に影響したことが認定しやすい事案だったかと思われます。

(判決の抜粋)
イ 被告人は,13日午前4時40分頃(本件行為との前後関係は明確でない。),被害者方を出て,その前に駐車していた自動車のクラクションを2回鳴らして被害者方に戻る行動を2回繰り返した。
ウ 被告人は,被害者の死後,被害者の口の中に3センチメートル四方大の豆腐を入れた。
エ 被告人は,13日午前2時28分から午前2時48分までの間,及び午前4時52分から午前5時1分までの間に,知人に対して電話をかけようとすることを繰り返した。また,被告人は,同日午後1時38分から断続的に母親とメッセージのやり取りをしているが,午後7時4分には母親に「お母さん人殺しどうよ?」とのメッセージを送信した。

 

 「飲酒と犯罪(その1)」において、飲酒していた事情自体が、ただちに有利な事情とか不利な事情といえるものではないことを論じましたが、心神喪失で責任能力がないと評価できるような事案に関しては、飲酒していた事情が、無罪判決の理由となる場合があり得ます。
 なお、飲酒の影響で、心神喪失とまではいえないが、心神耗弱となる場合は、刑が必要的に減軽されることになり、刑を軽くする事情となり得ます。ただし、自ら飲酒している事情もあるため、他の精神障害(統合失調症やうつ病等)により心神耗弱と判断される事案よりも、厳しい刑が選択されることが多い印象です。

 後日投稿する「飲酒と犯罪(その3)」では、飲酒して自動車を運転した場合の犯罪について整理します。
 興味がある方はご覧ください。

以上

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★

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