体の一部が建物に入った場合の建造物侵入罪の成否
2024年7月
弁護士 菅 野 亮
1 住居侵入罪とは
刑法130条は、「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」と定めています。
このうち、住居や建造物に「侵入」する行為については、住居侵入罪・建造物侵入罪と呼ばれています。住居とは、「人の起臥寝食、すなわち日常の生活に使用される場所」で、建造物とは、「屋蓋があり壁や柱で支えられて土地に定着し、人の起居出入りに適した構造をもった工作物のうち、住居・邸宅以外」とされています(条解『刑法〔第4版〕』)。
住居侵入罪や建造物侵入罪は、窃盗や強盗行為のような他の犯罪と同時に行われることが多い類型です。
2 体の一部でも侵入したら「侵入罪」が成立するか
住居や建造物に、身体全体が入ったときに、これが「侵入」に該当することは争いがありませんが、身体の一部が入っただけの場合の、住居や建造物の「侵入」罪が成立するかについては、議論があります。
学説では、概ね、以下のような3説があるようです。
①全部説 住居・建造物内に身体の全部を入れることが「侵入」
②大部分説 住居・建造物内に身体の大部分を入れたときが「侵入」
③一部説 住居・建造物内に身体の一部を入れれば「侵入」
十河太朗教授が執筆された令和5年度重要判例解説のコメントによれば、「全部説が通説とされ、他方、一部説は、『侵入』の解釈としては無理があることから、現在は支持者が少ないと思われる」と学説の状況が紹介されています(『令和5年度重要判例解説』138頁)。
3 仙台高裁令和5年1月24日判決の事案
仙台高裁令和5年1月24日判決(以下、「仙台高裁判決」といいます。)の事案では、被告人が、盗撮目的で、女子更衣室にスマホを設置するために、右手で同室入口の縁を持ち、前傾姿勢を取りながら左足を同室内に踏み入れた体勢で、被告人の頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部および左足全部が同室内に入っていたと認定されています。
第1審である山形地裁令和4年3月15日判決は、建物の内部に身体の全部が入っていないことを理由に建造物侵入罪の成立を否定しました。
しかし、仙台高裁判決では、次のように述べ、建造物侵入罪が成立すると判断しました。
「身体の全部が建造物内に入っていなくとも、その大部分が入った場合には、建造物内に物理的に身体を立ち入れたと評価することが十分可能である」
「当該行為が『侵入』に当たるか否かについては、具体的事案に応じて、建造物の構造、行為者が建造物に入れた身体の部位、程度及び態様、身体を入れた建造物の場所や時間の長さ等を考慮して、社会通念に従って判断すべきである」
「女子更衣室内に、盗撮するために本件スマートフォンを設置するという目的を達するのに十分な時間といえる5秒程度、被告人の頭部、両肩、左手全部、右腰部を除く上半身、左臀部及び左足全部を少なくとも入れていたという本件においては、社会通念に照らし、身体の大部分が入ったとして、女子更衣室内に『侵入』したといえるから、建造物侵入罪の既遂に至ったと認められる。」
4 まとめ
仙台高裁判決は、全部説にたった原審の判断を否定して、大部分説から建造物侵入罪が成立すると判断しました。
ただし、仙台高裁判決は、侵入した体の一部が大部分かどうかだけで単純に判断しているわけではなく、「具体的事案に応じて、建造物の構造、行為者が建造物に入れた身体の部位、程度及び態様、身体を入れた建造物の場所や時間の長さ等を考慮して、社会通念に従って判断」することとしています。
仙台高裁判決は、大部分説に立った上で、実質的に上記要素に着目して総合的に検討する立場であると思われます。これらの要素を総合評価する場合、侵入した身体が、一部か大部分か、という点が決定的な要素ではないとなれば、学説では、支持者が少ないとされる一部説と結論が同じという場合もあるように思われます。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★