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刑事補償請求体験記

2024.06.25ブログ

2024(令和6)年5月

弁護士 金 子 達 也   

1 プロローグ
 筆者が、菅野亮弁護士と2人で担当した覚醒剤密輸事件で無罪判決を獲得したことは、先日、当ブログでもお伝えしたとおりです(2023.10.30菅野亮弁護士・金子達也弁護士が担当する裁判員裁判で無罪判決を獲得しました)。
 無罪となった被告人(マダガスカル人。以下、この人を指すときには「依頼者」という言葉を使います。)は、出入国在留管理庁の施設に収容されて形式的な強制退去手続が執られた後、無罪判決の確定を待たずマダガスカルに帰国できました。
 検察は控訴をせず、判決から約2週間後に無罪判決が確定しました。

2 刑事補償とはなんぞや?
 無罪判決が確定した被告人は、身柄拘束されていた日数に応じて、日額1000円~1万2500円の割合で計算した刑事補償金を受け取ることができます(刑事補償法1条1項、4条1項など)。
 この場合、通常は、無罪判決を勝ち取った弁護人が被告人に代わり、無罪判決を言い渡した裁判所に対し、刑事補償金の支払いを請求することになります。
 請求を受けた裁判所は、刑事補償の可否(①)と、補償を可とした場合の補償金額(②)を決めていくことになります。
 なお、刑事補償の可否(①)については、刑事補償法3条が「補償をしないことができる」と定めている場合、すなわち、被告人が捜査等を誤らせる目的で虚偽の自白等をした場合にあたるかどうかを、裁判所が見極めて決めることになります。
 また、補償を可とした場合の補償金額(②)については、裁判所が、刑事補償法4条2項が定める「拘束の種類及びその期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛及び身体上の損傷並びに警察、検察及び裁判の各機関の故意過失の有無その他一切の事情」を考慮して決めることになります。
 もっとも、実務上、刑事補償が否(①)とされるような場合は滅多になく、補償金額(②)についても、上限の日額1万2500円が支給されるのが多い印象です。

3 はじめての体験でした(お恥ずかしながら)
 筆者は「ヤメ検」で、検事としての経験は30年近くのベテランと自負していますが、弁護士としてはまだまだ駆け出し(登録後約6年)です。
 だからというわけではありませんが(単に実力不足かも知れません)、今回が筆者にとってはじめての無罪判決でした。
 当然ながら筆者は、刑事補償請求を行った経験がなかったため、今回は、これまで多くの無罪判決を勝ち取り経験豊富な菅野弁護士の助言を受けながら、刑事補償請求にトライしてみました。
 これが想像以上に手間がかかったので、自戒の意味も込めて、失敗談を紹介させていただきます。

4 帰国前にやるべきことが把握しきれていなかった
 ⑴ 刑事事件の弁護人であっても、刑事補償請求に関する被告人の委任を受けないまま勝手に刑事補償請求を行うことはできません。
 特に依頼者は遠いマダガスカルに帰国予定の外国人でしたから、帰国前に刑事補償請求に関する委任状を受け取っておいた方が良いというのが、菅野弁護士の最初のアドバイスでした。
 そこで筆者は、早速、刑事補償請求に関する委任状を1枚用意した上、無罪判決の2日後には、通訳人を同行して品川の収容施設に向かいました。
 そして、依頼者に対し、①刑事補償制度の概要説明をして請求意思があることを確認し、②刑事補償請求に関する委任状へのサインを求めた上、③メールアドレスの交換をして以後はメールでやり取りしようと取り決めました。
 正直、この時点で筆者には、これで完璧だという妙な自信がありました。
 あとは無罪判決の確定を待つばかりでした。

 ⑵ ところが、いざ無罪判決が確定して刑事補償請求をしたところ、裁判所の担当書記官から「送達場所の指定に関する上申書がない」という連絡がありました。
 その書記官が言うには「決定書などを裁判所からマダガスカルに直接送達することは難しいので、代理人の事務所を送達場所に指定する上申書を出して欲しい。その上申書には依頼者の署名が必要」とのことでした。
 実際のところ、このあたりは担当する裁判官や書記官の「さじ加減」が大きく影響し、菅野弁護士が過去に行った別の外国人被告人に関する刑事補償請求案件では、被告人自署の送達場所の指定に関する上申書の提出までは求められなかったそうです。
 しかし、今回、裁判所はこれを厳格に求めてきたのですから、従わないわけにはいきませんでした(そうしないと刑事補償金がもらえません・・・)。
 さらに、このやり取りの過程で、将来的に刑事補償金の支給決定が出た場合を見据え、補償金受領のために、別途、補償金の受領に関する委任状が必要であることも判明しました。
 これに対しては、依頼者の帰国前にサインしてもらった委任状にも「補償金受領」の授権文言をいれてあることを伝え、それで十分ではないかと反論してみました。
 しかし、裁判所の理屈は「補償金の支払いは出納担当が行う。出納担当には決定書しか渡さない(つまり、出納担当は事件記録は見ない)から、出納担当宛ての委任状を別途提出してもらわないと補償金の支払が出来ない」というものでした(いかにも裁判所らしい「タテ割り」の理屈だと筆者は思いました。)。
 このあたりで筆者は、うんざりしてきました。
 書記官の言わんとすることもわかるが、こちらは遠いマダガスカルとやり取りしなきゃいけなくてとても大変だし、被告人の委任状があるんだし、まさか弁護士が被告人の刑事補償金を全額横取りすることなんかあるはずないのだから、もう少し融通を利かせてくださいよという要望を書記官に伝え、ささやかな抵抗をしてみましたが、ダメでした。

 ⑶ 結局、筆者は、書記官の要求をすべて受け入れ、改めて依頼者とやり取りをしつつ、送達場所の指定に関する上申書と委任状(出納担当に提出するもの)を準備しました。
 実際のところは依頼者とメールアドレスを交換していたため、この二つの書類をPDFで依頼者にメール送信し、依頼者には署名したものを日本に郵送してもらうという作業をしたのですが、(失礼ながら)マダガスカルの郵便事情が良くわからず、実際に書類が事務所に届くまでは、結構ヒヤヒヤさせられました。
 この失敗を糧に、今後、同じようなケースでは、被告人の帰国前に、①刑事補償請求に関する委任状、②送達場所の指定に関する上申書、③刑事補償金受領に関する委任状(出納担当に提出するもの)を準備しておこうと、堅く心に誓った次第です。

5 マダガスカルの金融事情
 今回の刑事補償請求に当たり、もう一つやっかいだと考えていたのは、どのような手段を使うのが一番安全かということの、実情調査と判断でした。
 インターネットなどで調べた限りでは、マダガスカルの国情は必ずしも安定しているとは言えず、日本からの送金を受け付けてくれる真っ当な銀行が存在するのかさえ良くわかりませんでした。
 下手をしたら、送金の途中で業者や国の担当者にピンハネされて、全部奪われてしまうのではないかという心配さえしていたのです。
 そのため、まずは依頼者にメールで、できるだけ大きくて信用できる銀行の口座を開設し、その銀行のSWIFTコードやIBANコードを調べて伝えるようにお願いしてみたところ、幸い、BOA(バンク・オブ・アフリカ)マダガスカルという銀行に口座を開設したことや、その銀行にはSWIFTコードもIBANコードもあるという回答がありました。
 そこで筆者が、事務所近くの銀行(地銀)支店の為替担当者にこの話を伝え、マダガスカルへの送金は可能かという相談をしたところ、この担当者もマダガスカルへの送金経験がなく最初はビックリしたようですが、本店を介してBOAマダガスカルに問い合わせるなど丁寧に調査をしていただき、最終的には送金可能という回答を得ました。
 そういうわけで、今回は、依頼者への補償金送金も銀行間で安全に行うことができたのですが、相手国によってはそういうわけにもいかない場合もあるようです。
 そして今回も、最初は、銀行がダメな場合は民間送金業者を使うか、それもダメなら現金で届けるしかないとも考えて、マダガスカルの観光ガイドブックまで読みはじめていたのですが、(そんな筆者の淡い期待に反し)そこまでの必要はなくなりました。
 杞憂に終わりそうで安堵しています。

6 エピローグ
 このように、今回は、いくつかの失敗をしながらも、受け取った刑事補償金を依頼者に送金することができました。
 ただ、現時点では、まだ、依頼者からお金が受け取れたというメールがないため、どこかで「ピンハネ」されていないかが少し心配といえば心配です。
 今回のような案件は、無罪判決を勝ち取るだけではなく、依頼者を不必要に身柄拘束した日本国から補償金を獲得するという、刑事弁護人冥利につきる業務ですから、今後も精進してこのような経験を重ねていきたいと考えています。

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★