ユーチューバー(YouTuber)の動画撮影行為等と犯罪(その2)
弁護士 菅 野 亮
1 ユーチューバーの動画撮影行為等が、窃盗、威力業務妨害、信用毀損罪に問われ、有罪となった事例として、名古屋地裁岡崎支部令和3年8月27日があります(被告人が、控訴、上告していますが、いずれも棄却され、刑は確定しています。)。
この事例では、店員に対して、「偽物でしょ。」「日本人だまして楽しいですか。」などと詰め寄る以下の行為が威力業務妨害罪に当たると判断されています。
「洋服店Aを経営するBの業務を妨害しようと考え,Cと共謀の上,令和2年5月1日午後4時59分頃から同日午後5時4分頃までの間,前記洋服店前の路上において,Bに対し,動画撮影状態にした携帯電話機を差し向けてその様子を動画撮影しながら,同店で購入したTシャツ1枚が偽ブランド品である旨の虚偽の事実に基づいて同Tシャツの返品を要求し,『偽物でしょ。』『日本人だまして楽しいですか。』などと言い,Bに被告人及びCへの無用の対応を余儀なくさせてその正常な業務に支障を生じさせ,もって威力を用いてBの業務を妨害した。」
また、上記の行為時に撮影した動画を投稿した行為について、以下のとおり、信用毀損罪が成立すると判断されました。
「令和2年5月9日頃,静岡県内又はその周辺において,動画投稿サイト『YouTube』上に前記の犯行で撮影した動画を投稿して,あたかも同店が偽ブランド品を販売しているかのような虚偽の事実を掲示し,これを不特定多数の者が閲覧可能な状態にさせ,もって虚偽の風説を流布し,同店の信用を毀損した。」
2 信用及び業務に対する罪
刑法233条及び234条は、信用毀損行為及び業務妨害行為を犯罪と定めています。
本件事案では、購入したTシャツ1枚が偽ブランド品である旨の虚偽の事実に基づいて同Tシャツの返品を要求し、「偽物でしょ。」「日本人だまして楽しいですか。」などと言いがかりをつけた行為が、233条及び234条に違反したとされました。
また、当該動画を投稿した行為は、233条に違反したとされました。
弁護人も被告人も本件の上記各行為が犯罪に該当することは争っていません。
虚偽の事実に基づいて、実際に、営業を妨害し、投稿までしているわけですから、威力業務妨害罪や信用毀損罪が成立することは当然のことと思われます。
(信用毀損及び業務妨害)
第二百三十三条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(威力業務妨害)
第二百三十四条 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
3 購入前に店舗内の商品を食べる行為と窃盗罪の成否
名古屋地裁岡崎支部令和3年8月27日判決の事件では、被告人は、商品(魚の切り身1点・販売価格428円)をレジで購入する前に店舗内で食べた行為についても窃盗罪で起訴されました。
被告人は、窃盗罪については、レジでお金を払うつもりだったこと等もあり、不法領得の意思がなかったとして、窃盗罪の成立を争いました。
上記判決で、弁護人の主張は以下のとおりまとめられています。
「弁護人は,被告人の意図したところは,通常の買い物手順と比べ,わずか2分足らず,清算と処分との手順を逆転させるだけのことに過ぎないし,被告人には,対価を支払わずに本件被害品を取得しようとの意思はなく,わずか2分後には自身に所有権が移転することになる本件被害品を,一足早く口腔内に押し込む処分行為をしてみせる意思があったのみであるから,その処分行為に可罰性があるかは疑問がある,被害者は,本件被害品を店内に陳列し,金銭に換えてもらうことを求めていたのであり,それ以上でも以下でもないから,被告人は被害者の財産権について,尊重しないという規範的態度には出ていない,本件被害品を2分足らず借用してもとに戻すような不可罰の使用窃盗の場合と並列に考えることができるなどと主張する。」
しかし、名古屋地裁岡崎支部令和3年8月27日判決は、弁護人の主張を排斥し、窃盗罪の成立を認めました。
被告人が控訴しましたが、名古屋高裁令和3年12月14日判決で控訴が棄却され、その後、上告も棄却され、上記判決は確定しています。
なお、名古屋高裁令和3年12月14日判決は、店側(被害者側)の利益について次のように判示しています。
「被害者は,単に商品を売買により金銭に交換するということにとどまらず,来店客が並べられた商品をそのままの状態でレジに持ち込んで代金を精算するという被害者の定めた手順に基づく金銭への交換を求めているのであって,このような手順が守られなければ,被害者において店舗内に多数並べている商品を適正に管理することが著しく困難になるなどその営業に重大な影響を及ぼすことが明らかであり,たとえ短時間の後に交換価値に相当する金銭が支払われたとしても,それは手順が守られた支払とはもはや社会通念上別個のものというべきである。したがって,被害者におけるこうした主観的利益は,財産的利益として客観的にも保護されるべきものである」
4 おわりに ユーチューバーの動画撮影行為等に関する犯罪と量刑
名古屋地裁岡崎支部令和3年8月27日判決は、3件の事件については、いずれも有罪とし、その刑を懲役1年6月(執行猶予4年、保護観察付)としました。
検察官の求刑は、1年6月ではありますが、実刑相当との意見だったようです。
判決では、「被告人の刑事責任は軽いとはいえず,検察官が実刑が相当であると主張するのも十分に理解できるところである」と判示されています。
他方、被告人に有利な事情として、①窃盗罪として重いものでないこと、②威力業務妨害、信用棄損の被害者と示談が成立し、実際に128万円を払っていること、③反省の態度を示していること、④家族等の支援が期待できること等を理由に、執行猶予付の判決となっています。具体的には次のとおり判示されています。
「しかし,本件の処断罪である窃盗罪については,被告人が,その様子を動画で撮影して公開したことから社会の耳目を集めることとなったが,窃盗の犯行そのものは,本件被害品を店内で食べてから,その代金をレジにおいて支払うことによって弁償をするまでが一連の行動として行われており,財産犯である窃盗罪として重いものであるとはいえないこと,威力業務妨害,信用毀損の被害者との間では,損害賠償として150万円を支払うという内容で示談が成立して,その合意内容に基づき,うち128万円は既に被害者に支払われていること,被告人が本件各事実を認めるとともに,自らの行動によって被害者らが被った様々な被害や影響について自覚をし,反省の態度を示していること,被告人の今後の更生に当たっては家族や雇用主による支援が期待できることなど」
その1で検討した偽計業務妨害事件の判決(名古屋高裁金沢支部平成30年10月30日)では、罰金40万円の刑が選択されており、ユーチューバーの動画撮影行為等の犯罪行為については、現時点では、罰金ないし執行猶予付判決が選択されているようですが、まだ、事例も多くありません。また、信用毀損行為についての民事の損害賠償額は、高額なものとなる可能性がありますので、動画撮影及び動画投稿の前に、当該行為が犯罪を構成しないか、そして、他人の権利侵害行為になっていないかについて慎重に検討する必要があるように思われます。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★