性犯罪に関する法改正の経緯~法定刑の引上げ及び裁判員裁判の影響~
2023年10月
弁護士 菅 野 亮
1 令和5年の性犯罪に関する法改正
性犯罪に関する刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(法律第66号)が、令和5年6月23日に公布され、順次施行されています。
令和5年の性犯罪に関する法改正では、主に以下の点が改正されました。
過去の性犯罪に関する法改正により、「強姦罪」が「強制性交等罪」とされていましたが、今回の改正により、「強制性交等罪」は、「不同意性交等罪」とされました。
また、刑法及び刑事訴訟法を改正するだけでなく、性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律も新設され、性的姿態の撮影行為等が処罰されることになりました。
【刑法】
① 強制わいせつ罪、強制性交等罪等の要件の改正
② 16歳未満の者に対する面会要求等の罪の新設
【刑事訴訟法】
③ 性犯罪についての公訴時効期間の延長
④ 被疑者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則の新設
2 平成16年及び平成29年の性犯罪に関する法改正
(1)現行刑法制定時(明治40年)の法律
明治40年に現行刑法が制定された当時、性犯罪の規定は、以下のとおりでした。
(強制猥褻罪)
176条 十三歳以上ノ男女ニ對シ暴行又ハ脅迫ヲ以テ猥褻ノ行為ヲ爲シタル者ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ處ス。十三歳ニ滿タサル男女ニ對シ猥褻ノ行為ヲ爲シタル者亦同シ。
(強姦罪)
177条 暴行又ハ脅迫ヲ以テ十三歳以上ノ婦女ヲ姦淫シタル者ハ強姦ノ罪ト爲シ二年以上ノ有期懲役ニ處ス。十三歳ニ滿タサル婦女ヲ姦淫シタル者亦同シ。
(準強制猥褻・準強姦罪)
178条 人ノ心神喪失若クハ抗拒不能ニ乗シ又ハ之ヲシテ心神ヲ喪失セシメ若クハ抗拒不能ナラシメテ猥褻ノ行為ヲ爲シ又ハ姦淫シタル者ハ前ニ條ノ例ニ同シ
(強制猥褻未遂罪、強姦未遂罪)
179条 前三條ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
(強制猥褻・強姦致死傷罪)
180条 第百七十六條乃至第百七十九條ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ死傷ニ至シタル者ハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ處ス
(2)平成16年刑法改正
明治40年に制定後、強姦罪及び強制わいせつ罪の法定刑等は改正されていませんでしたが、平成16年刑法改正により、次のとおり法定刑が引き上げられました。
(強制わいせつ)
176条 十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強姦)
177条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(準強制わいせつ及び準強姦)
178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。
(集団強姦等)
178条の2 二人以上の者が現場において共同して第百七十七条又は前条第二項の罪を犯したときは、四年以上の有期懲役に処する。
(未遂罪)
179条 第百七十六条から前条までの罪の未遂は、罰する。
(強制わいせつ致死傷)
181条 第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 第百七十七条若しくは第百七十八条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は五年以上の懲役に処する。
3 第百七十八条の二の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は6年以上の懲役に処する。
平成16年の法改正により、引き上げられた法定刑をまとめると次のとおりです。
●強制わいせつ罪 6月以上7年以下→6月以上10年以下
●強姦罪 2年以上 →3年以上
(3)平成29年刑法改正
平成16年刑法改正に引き続き、平成29年刑法改正により、次のとおり強姦罪が強制性交等罪とされ、法定刑が引き上げられました。また、監護者わいせつ及び監護者性交等罪が新設され、他方、集団強姦罪は刑法から削除されました。
(強制性交等)
177条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
(監護者わいせつ及び監護者性交等)
179条 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条の例による。
(強制わいせつ等致死傷)
181条 第百七十六条、第百七十八条第一項若しくは第百七十九条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 第百七十七条、第百七十八条第二項若しくは第百七十九条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は六年以上の懲役に処する。
平成29年の法改正により、引き上げられた法定刑をまとめると次のとおりです。
●強制性交等の罪(強姦罪が改正された罪) 3年以上 →5年以上
●強制性交致死傷の罪 無期又は5年以上→無期又は6年以上
3 裁判員裁判における量刑傾向の推移
性犯罪のうち、強制わいせつ致死傷罪(令和5年改正後は、不同意わいせつ等致死傷罪)及び強姦致死傷罪(平成29年改正後は、強制性交等致死傷罪、令和5年改正後は、不同意性交等致死傷罪)は、裁判員裁判の対象となります。
強姦致傷事件の判決結果は、裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会第25回配付資料によれば、平成26年の時点において、裁判官裁判の判決結果の量刑傾向に比べ、裁判員裁判施行後の判決結果の量刑傾向が重くなっていることが分かります。
強姦致傷事件の判決結果は、裁判官裁判で最も多いのは、「3年を超えて5年以下」でしたが、裁判官裁判施行後(ただし、平成26年5月末まで)は、「5年を超えて7年以下」が最も多いレンジになっています。
これは、平成29年改正前の傾向ですので、平成29年改正後は、法定刑が引き上げられたことによる重罰化も進むと思われ、強姦致傷罪(平成29年改正後は、強制性交等致傷罪、令和5年改正後は、不同意性交等致傷罪)の厳罰化傾向は今後も続くものと思われます。
以上
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★