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医師の法的責任とリスク② ~医師が独占する「医業」とは何か~

2022.11.01ブログ

平成4年10月
弁護士 金子達也

1 医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めています。
  そして、医師法31条1項1号は、医師でないのに医業をした者に対し、3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金又はその両方を科すと定めています。
  つまり、偽医者は厳しい刑事処罰に処せられる危険があるわけですが、これは、医業の公共性から導かれる当然の規制と言えるでしょう。

2 医師が独占する「医業」とは、業として(=反復継続の意思をもって)医行為を行うことを言います。
  そして、「医行為」とは、従来より、厚生労働省の見解に従い、「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と定義されており、それ自体は、確立した定義と言えます。
  他方、従来曖昧にされてきたのが、「医行為」を、「医療及び保健指導に関する行為」に限定すべきかと否かという問題点でした。
  この点に関しては、医師法1条が「医師は、医療及び保健指導を掌る」と規定している以上、医師が独占すべき医行為も「医療及び保健指導に関する行為」に限定されると考えるのが、医師法の文理に素直に沿っていると言えそうです。
  しかし、実際には、「(医行為とは)人の疾病の治療を目的とし、医学の専門知識を基礎とする経験と技能を用いて、診断、薬剤の処方又は外科的手術を行うことを内容とするものを指称する(大阪高裁S28.5.21判決)」などと、医行為の定義に一定の縛りをかけて判示する裁判例もあった反面,「これ(人体に危害を及ぼす行為)を行う者の主観的目的が医療であるか否かを問わない(東京地裁H2.3.9判決)」と、縛りをかけるべきではないと明言して判示する裁判例も多く、残念ながら、この点に関しては、正面からはあまり議論されてきませんでした。
  これに一石を投じたのが、次に紹介する裁判例になります。

3 この裁判は、針を取り付けた施術用具を用いて腕等の皮膚に色素を注入する施術行為、すなわち、いわゆるタトゥー施術行為が「医行為」に当たるかが争われた刑事裁判でした。
  この裁判で、弁護人は、医行為とは、①医療及び保健指導に属する行為の中で、②医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を要するおそれのある行為をいうのであり、タトゥー施術行為は「医療及び保健指導に属する行為」と言えないから、医行為ではないと主張し、被告人の無罪判決を求めました。
  この主張に対し、第1審は、医行為は上記②の行為(のみ)をいうと判示して、被告人に罰金15万円を言い渡しました(大阪地裁H29.9.27判決)。
  これに対し、第2審は、「保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であっても、医療及び保健指導を関連性を有しない行為は、そもそも医師法による規制、処罰の対象の外に位置付けられるというべきである」と判示し、タトゥー施術行為は医行為に当たらないとして、無罪を言い渡しました(大阪高裁H30.11.14判決)。
  そして、最高裁判決も、大阪高裁判決を支持し、「医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である」と判示し、タトゥー施術行為は「医療及び保健指導に属する行為」とはいえないから「医業」ではないとしました(最高裁R2.9.16決定)。

4 ところで、筆者は、最高裁判決の規範に従った場合に、一般的には医師が行うのが当然とされてきた専ら美容目的で行われる美容整形術の規制の在り方は、どう変わってくるのかが気になりました。
  専ら美容目的で行われる美容整形術は、一概には「医療及び保健指導に関する行為」とは言いにくい側面がある一方、皮膚の切開、縫合や移植などの生命の危険を伴う施術であり、医療に関する知識と経験を持った医師以外には任せられないと考えるのが、多くの人々の素朴な感覚でしょう。
  この点は、最高裁判決の判旨を丁寧に読み解けば、その規範に則った場合であっても、専ら美容目的で行われる美容整形術は「医行為」に当たる、つまり医師法による規制、処罰の対象になると考えられることがわかります。
  最高裁は、上記規範を導く論拠について、次のように判示しています。
  少し長くなりますが、興味深い論旨ですので、ここでは全文を引用します。

 (1) 医師法は、医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的とし(1条)、この目的を達成するため、医師国家試験や免許制度等を設けて、高度の医学的知識及び技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条、6条、9条等)とともに、無資格者による医業を禁止している(17条)。このような医師法の各規定に鑑みると、同法17条は、医師の職分である医療及び保健指導を、医師ではない無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解される。したがって、医行為とは、医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である。
 (2) ある行為が医行為に当たるか否かを判断する際には、当該行為の方法や作用を検討する必要があるが、方法や作用が同じ行為でも、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況等によって、医療及び保健指導に属する行為か否かや、保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得る。また、医師法17条は、医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから、医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため、当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要がある。そうすると、ある行為が医行為に当たるか否かについては、当該行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当である。
 (3) 以上に基づき本件について検討すると、被告人の行為は、彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為であるところ、タトゥー施術行為は、装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって、医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。また、タトゥー施術行為は、医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって、医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず、歴史的にも、長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり、医師が独占して行う事態は想定し難い。このような事情の下では、被告人の行為は、社会通念に照らして、医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く、医行為には当たらないというべきである。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については、医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない。したがって、被告人の行為は医行為に当たらないとした原判断は正当である。

5 このように、最高裁は、医行為に当たるか否かは「社会通念に照らし」て判断すべきであるとした上、タトゥー施術が、社会的な風俗(not医療及び保健指導)として受け止められてきたこと、施術には医学とは異質の美術等の知識及び技能を要する行為とされてきたこと、歴史的に医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり医師が独占してきたとは言い難いことなどから、社会通念に照らして医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難いと判断したことがわかります。
  これに対して、専ら美容目的で行われる美容整形術については、専ら医学の知識が必要される施術であり、これまでも医師が独占して行ってきた施術であることからすれば、歴史的経緯があるタトゥー施術と同列に考えることはできず、引き続き医行為と認定されるのではないかと考えます。
  
6 なお、最高裁も「タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については、医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない」と判示しているように、タトゥー施術行為が医師法による規制、処罰の対象外とされたからと言って、野放しが許されることにはなりません。
  この最高裁判決をきっかけに、希望する誰もが安心してタトゥー施術を受けられるよう、タトゥー施術行為の安全性に関する法整備や、業界団体の自主規制などが行われることが期待されます。

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★