イギリス刑事法紹介②~取調べでの黙秘~
黙秘権に関する議論が起きたとき、海外の例として、「イギリスでは黙秘権が廃止された」などといった説明がされることがあります。
確かに、Criminal Justice and Public Act 1994の立法により、被疑者が取調べにおいて黙秘権を行使した場合、一定の条件の下、不利益推認が認められることになりました。すなわち、取調べで黙秘権を行使した事実が、公判において、被告人が有罪であることを推認させる事情の1つとして許容され得ることになったのです。この意味において、イギリスにおける黙秘権保護が後退したことは、間違いありません。
ただし、被疑者の黙秘権自体が認められなくなったわけではなく、黙秘権の「廃止」という表現は不正確です。
また、イギリスの刑事実務では、起訴前の取調べは、弁護士に相談する機会を与えられた上で、弁護士立ち会いの下、短時間行われるのが通常です。そして、弁護士は、被疑者にアドバイスをするに当たり、警察から主要な証拠の開示を受けることができます(不十分な証拠の開示しか受けられなかった場合には、黙秘による不利益推認を否定する1つの事情となります。)。その上で、被疑者は、黙秘をするか、供述をするか、弁護士が作成する書面を提出するか、弁護士のアドバイスを基に選択することになります。
このように、被疑者の黙秘権保障については立法により後退した面があるイギリス刑事法ですが、一方で、黙秘権行使の前提となる取調べに関する法規制は、日本法と比べて格段に被疑者の権利保護が進んでいます。
こうした違いに目を向けず、イギリス刑事法において黙秘権行使からの不利益推認が認められていることをもって、我が国においても同様の立法を行うことを安易に正当化することには、注意が必要です。
以上
※本稿におけるイギリス法の説明は、イングランド及びウエールズ圏内において適用される法規制に関するものです。
弁護士/英国弁護士 中井淳一
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★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★