お知らせ・ブログnews & blog

千葉県千葉市の弁護士事務所 法律事務所シリウス > お知らせ・スタッフブログ > ブログ > 精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合の家族の責任について(その1)

精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合の家族の責任について(その1)

2022.01.07ブログ

2022年1月    
弁護士 菅 野  亮 

目次
(その1)
  1 はじめに 
  2 精神障害者が第三者に損害を加えた場合の責任
  3 責任能力がないとはどういうことか
   【責任能力を肯定した裁判例〔未成年〕】
   【責任能力を否定した裁判例〔未成年〕】
   【責任能力を否定した裁判例〔成人〕】
  4 責任能力がない場合でも民事上の責任を負う場合
その2
  5 監督義務者とは
  6 精神障害者と同居している配偶者は「監督義務者」にあたるか
  7 平成28年最判で責任が否定された同居配偶者
  8 同居していない家族が監督義務者に準ずべき者に該当する場合
  9 おわりに

1 はじめに 
 精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合に,同居している家族が法的に責任を負うのか相談を受けることがあります。
 第三者に被害を与えた場合,責任を負うのは,加害行為を行った本人であるのが原則です(民法709条も「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者」は,「損害を賠償する責任を負う」と定めています。)。したがって,当然に,家族が法的責任を負うということにはなりません。
 しかし,精神障害の影響で責任能力がない状況で,他人に損害を加えた場合,責任能力がない者は,発生した損害について「賠償の責任を負わない」とされ(民法713条),その代わりに,責任無能力者を「監督する法定の義務を負う者」が,損害賠償責任を負うとされています(民法714条)。
 本稿では,精神障害者の家族が「監督する法定の義務を負う者」に当たるか,という点を中心に検討したいと思います(具体的な考察は,その2で検討します。)。

2 精神障害者が第三者に損害を加えた場合の責任
 精神障害者であっても,その症状や治療状況がよく,第三者に損害を与えずに生活している人が多数です。
 他方,「認知症により責任を弁識する能力のない者が線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた」(最高裁平成28年3月1日判決・民集70・3・681)事例など認知症や統合失調症等の症状が原因で第三者に損害を与えた事例はあります。
 刑事事件で担当したケースでも,双極性感情障害や統合失調症の症状の影響により,被害妄想や精神運動興奮状態となり,人に暴力をふるってしまったり,器物損壊した事例を経験したことがあります。
 精神障害者であっても,責任能力がある状況で,第三者に損害を与えた場合,その損害を賠償しなければなりません。例えば,他人の物を壊してしまった場合であれば,その物の経済的価値を弁償することになります。他人に怪我をさせてしまった場合は,生じた損害(入・通院費用や慰謝料等)を賠償しなければなりません。
 刑事事件でも,責任能力がある場合,刑事責任を負うことになります(責任能力がないと判断された場合,罪名によっては,医療観察法に基づく入院の申立てがなされたり,検察官が措置通報したりして,医療的措置がとられることも多いです。)。

3 責任能力がないとはどういうことか
 民事事件でも,刑事事件でも,精神障害者に責任能力があれば,本人が責任を負うことになります。民事事件であれば,損害賠償責任を負うことになりますし,刑事事件であれば,刑罰を受けることになります。
 例えば,第三者に暴力をふるい怪我をさせてしまった場合であれば,①民事責任として治療費や慰謝料の支払義務を負うことになりますし,②刑事責任として刑事裁判を受けることになります(刑法204条で「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とされています。)。
 民法は,「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く」ことを責任能力がない状態と定義しています(民法713条)。弁識能力は,分かりやすくいえば,違法性を認識できる能力といえます(悪い事を悪い事だと分かる能力だと言われることもあります。)。例えば,統合失調症の幻覚妄想の影響で,神様から悪魔を滅ぼす命令を受けたと信じている場合,悪魔だと思った第三者(実際は悪魔ではない。)を殺害することを悪い事だと思えないので,そのような場合に,弁識能力がない,といえます。
 また,未成年者の場合では,「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかった」場合にも,責任能力がないとしています(民法712条)。
 未成年者の行為が問題となった裁判例では,11歳から13歳の間で事案によって,肯定・否定例がある状況です(14歳以上だと責任能力が肯定され,他方,10歳未満だと責任能力が否定される例が多い印象です。)。

【責任能力を肯定した裁判例〔未成年〕】
・11歳11か月の児童が自転車運転中に衝突事故を起こした事案(大判大正4年5月12日)
・小学校6年生の児童が階段の踊り場で冷やかしに来た者を振り払ったところ,その者が階段から落ちて負傷した事案(東京地判平成8年3月27日)

【責任能力を否定した裁判例〔未成年〕】
・9歳の児童が横断禁止の道路を自転車で横断し,通行車両と衝突して車両を毀損した事案(東京地判平成17年8月30日)
・12歳11か月の少年が空き地でキャッチボールをしていた際に近くに立っていた者にボールを命中させてしまった事案(大阪地判昭和30年2月8日)

【責任能力を否定した裁判例〔成人〕】
・幻覚・幻聴に悩まされた者が火炎瓶を被害者宅に投げ込んで放火をしたが,その動機が幻聴により確認した「嫌な声」を排除することにあったほか,以前から明らかに正常ではない行動が多数見受けられたという事案(神戸地裁尼崎支部平成10年6月16日)
・睡眠時無呼吸症候群に罹患していた自動車運転者が交通事故を起こしたが,事故時の記憶がない旨の供述をしていること及び急激な転把の後被害者及び防護柵に激突するまでブレーキもかけず警音器もならしていないことから,入眠状態にあったことが推認される事案(京都地判平成13年7月27日)
・統合失調症に罹患している患者が自動車での暴走事故を惹起したが,事故当時,幻覚妄想が著しく精神運動興奮状態であったうえ,事故後も了解不能な発言を繰り返している事案(東京高判平成12年12月27日)

 裁判例をみると,精神障害があることを前提に,具体的な症状と事件との関わりを検討して,責任能力の有無を判断しています。刑事事件の裁判例ですが,「責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状況,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである」と判示した,最決昭和59年7月3日が参考になります。

4 責任能力がない場合でも民事上の責任を負う場合
 責任能力がない場合,原則としてその者は,損害賠償義務を負いません(民法712条,同713条)。
 しかし,例外として,「故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは,この限りではない」とされています(民法713条但書)。
 例えば,過去にも,違法薬物等を摂取して,第三者に損害を与えたことがある者が,同じように違法薬物等を摂取して第三者に損害を与えた場合,第三者に損害を与えることは予見できるものとして,例外的に損害賠償責任を負うことになると思われます。
その2に続く)

以上 

精神障害者が第三者に加害行為を加えた場合の家族の責任について(その2)

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★