検察こぼれ話⑥ ~家政婦は見た!~
1 山岳道路沿いの雑木林から白骨死体が発見されました。
捜査の結果,この死体は,生前,ある暴力団組織に属する覚醒剤密売人であったのに,組織を裏切り覚醒剤を横流ししていたことがばれ,怒った組織の幹部たちからリンチを受けて殺害され,その死体を遺棄された若者であったことがわかったのです。
2 この事件が解明できたのは,ある家政婦の目撃供述があったからでした。
当時,被害者が属していた暴力団組織は「鉄の結束」がウリであり,組織の誰もが,組織やその幹部の不利になる話をしようとはしませんでした。
そのため,この事件も闇に葬られる危険があったところ,ある女性が,警察に協力を申し出てきました。
この女性は,組織の幹部の家に「飯炊き」として出入りしていた高齢女性でした。要は家政婦です。
あまり幸せではない生い立ちで,教育らしい教育を受けられない劣悪な環境で育ったため,若い頃から風俗営業法違反や覚醒剤取締法違反(使用罪)で刑務所への入出所を繰り返し,文字は刑務所で教わり,漢字はほとんど書けないというような女性でした。
この女性は,組織の幹部と若い頃からの因縁があったため,事件当時,組織の幹部の「飯炊き」としてその家にいたところ,組織の幹部らが被害者にリンチを加える場面をたまたま目撃してしまいました。
組織の幹部は,その女性に対し,「見ざる,言わざる,聞かざるを守れるか?」と念押しをした後,帰宅を許したのでした。
刑務所に出たり入ったりしてきた無学な女性の言葉など,誰も信じないと高をくくっていたのでしょう。
これが命取りになりました。
3 女性にとって,殺された被害者もまた,劣悪な環境で育ってきた若者でした。
そして,自分と似た境遇を同情した女性は,被害者が訪ねてくれば食事を作って食べさせたり,時には家に泊めるなどの面倒を見てきました。
いわば,被害者は,女性にとって息子のような存在だったのです。
ですから,女性は,そんな被害者がリンチの末に殺されたことがどうしても許せず,自ら警察に名乗り出て,自分の目撃状況を隠さず供述したのでした。
警察官は,この女性の供述を手がかりに,事件に関与した幹部を含めた組織の人間を一斉に逮捕したいと,筆者に相談を持ち掛けてきました。
しかし,筆者は,この女性の話を裁判官が信じてくれるかが不安であり,逮捕には消極的であるという意見を警察に伝えました。
すると,警察官は,とにかく1度でもいいので,女性の話を聞いて欲しいと言ってきました。
4 実際に聞いてみたところ,この女性の話は,とてもリアルで,内容にぶれがなく,信用できると感じました。
また,女性が話す具体的な内容について,いくつか裏付けをとったところ,ある程度の裏付けが取れることがわかりました。
そこで,筆者も,女性の言葉を信用できると判断し,組織の幹部らを逮捕することに賛成し,捜査を遂げた上,組織の幹部らを起訴したのでした。
当然ながら,組織の幹部らが全員,裁判で徹底的に争う姿勢を見せたため,この女性の証人尋問を行うことになりました。
身振り手振りを交えた女性の証言は圧巻で,被害者の断末魔の叫びまで忠実に再現した証言はとてもリアルでした。
そのため,その女性の証言が信用されて,幹部たちは全員有罪となりました。
まさに「家政婦は見た!」の世界を垣間見る事件でした。
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★