英米刑事法論文紹介①『陪審は公正か?』シェリル・トーマス著
『陪審は公正か?』シェリル・トーマス著
Cheryl Thomas, “Are juries fair?” (2010), Ministry of Justice Research Series
本論稿は、イギリス法務省発行のリサーチとして公表されたもので、純粋な学術論文ではありませんが、イギリスにおける陪審の実情に関する画期的な研究として高い評価を得ています。模擬陪審を利用した調査結果と実際のケースに関する統計的データに基づき、陪審の実情について客観的な見地からの幅広い考察がなされています。
本論文のメインテーマは、陪審判断の公正性であり、陪審における人種的偏見の有無が第一義的な調査対象となっていますが、それと同時に、陪審裁判の有罪率やメディアの影響等についても検討がされており、刑事実務家にとって興味深い内容となっています。特に、陪審裁判による無罪率(否認事件における割合)が約35%となっている点は、日本の刑事裁判の実情との大きな違いを感じます。
主な調査結果は以下にまとめた通りですが、原文は、イギリス政府のHPで公開されており、以下のURLからアクセス可能なので、興味のある方はご参照ください。
【主な調査結果】
1 人種と陪審判断
・白人のみで構成された陪審において、マイノリティに対する差別は確認されなかった。
・個々の陪審員は、人種的背景に関わらず、再犯可能性について特定の人種に対するステレオタイプを有していない。
・女性の陪審員は、評議開始前には被告人に対して厳しい態度をとる傾向にあるが、評議による意見の変化に対して男性陪審員よりもオープンである。
・陪審裁判において、マイノリティの被告人が白人の被告人よりも有罪判断を受けやすいという傾向は確認されなかった。
2 陪審裁判の一般的傾向(2006年~2008年)
・クラウン・コートでの起訴件数全体(55万1669件)のうち、有罪の答弁がなされたケースが59%(32万5544件)、無罪の答弁がなされたケースが35%(19万1140件)であった。
・無罪の答弁がなされたケースのうち、陪審による評議・判決に至ったケースは36%である。その他のケースのうち、裁判官による陪審への判決教示が4%、検察が証拠を提出しないケースが32%、その他(取り消しや保留)が28%などとなっている。
・陪審による評議が行われたケースのうち、99%が判決に至っている。陪審裁判による無罪率は35.9%である。
・陪審裁判における有罪率は、犯罪類型によって大きく異なる。危険運転致死(85%)、譲渡目的での薬物所持(84%)、殺人(76%)などでは有罪率が高いが、殺人未遂(47%)、傷害致死(48%)、強姦(55%)などでは有罪率が低い。
・同一の被告人について起訴件数が増えるほど、少なくとも1件以上の陪審による有罪判決がされる割合が高まる。
3 陪審員の理解度
・大半の陪審員が裁判官による法的概念の説示を分かりやすいと考えているが、実際には過半数の陪審員が説示を完全には理解していない。
・裁判官による口頭での説示の際に要約書面を配布することで、陪審員による法律概念の理解度が高まる。
・世代別に見ると、20歳代以下の陪審員が、法的概念について最も高い理解度を示した。
・過半数の陪審員が評議でどのように振舞うべきかという点について、より多くの情報が欲しいと感じていた。
・ほとんどすべての陪審員が、評議内容を秘密にすることを陪審員に求める現行のルールを支持していた。
4 メディア報道とインターネット利用
・陪審員は、公判期間中、公判開始前の報道よりも、公判開始後のメディア報道を想起することが多いことが分かった。そのため、メディア報道が公判から時間的に離れるほど、報道が陪審判断に偏見を与える影響が少なくなるといえる。ただし、著名事件では、3分の1の陪審員が公判開始前の報道を想起していた。
・メディア報道を想起した陪審員のうち、7割近くの陪審員は記事内容から受けた特定の印象を記憶していなかったが、陪審員が特定の印象を記憶していた記事のほとんどすべてが有罪を示唆するものだった。
・著名事件では、約5分の1の陪審員が報道内容を考慮しないことは困難だと感じていた。
・公判期間中にインターネットで事件に関する情報を見たと回答した陪審員の数は、インターネットで事件に関する情報を積極的に探したことを認めた陪審員よりも多かった。
・著名事件では、通常事件よりも多くの陪審員が、公判期間中にインターネットで事件に関する情報を探したことを認めた。
弁護士 中井淳一
★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★