【刑の減軽】心神耗弱による刑の減軽を獲得した事案
取扱事案
依頼者は,60歳代後半の知的障害者(男性)であり,駅前スーパーで酒を万引きして逮捕されました(万引きによる服役を繰り返していたことから逮捕罪名は常習累犯窃盗罪でした。)。
依頼者は,比較的簡単な単語しか理解できないなど接見での意思の疎通がとても難しく,障害の程度が重いように感じられました。そのため,法律上処罰されない心神喪失,あるいは,少なくとも法律上刑が減軽される心神耗弱ではないかと,強く疑われました(刑法39条参照)。
しかし,検察官は,簡易精神診断(医師が数時間程度の面接を行うだけの診断)を行っただけで,依頼者を完全責任能力(心神喪失でも心神耗弱でもない)と認め,常習累犯窃盗罪で起訴しました。
結果
起訴後,検察官に対し,責任能力を争う可能性が高いとの方針を示した上で,今回起訴前に実施された簡易精神診断の診断書(以下,「本件簡易精神診断書」といいます。)や,依頼者に関する精神科受診に関する診療録,過去に逮捕された際に実施された精神診断書等の全ての開示を求めました。
そうしたところ,①本件簡易診断書は「(依頼者の)知的障害の程度が中等度とまでは認められない。」と結論付けているものの,その一方で「(依頼者の)知的障害の程度は中等度と軽度の境界線上にあり正式な鑑定を推奨する。」とも記載されていたこと,②依頼者が過去に逮捕された際に行われた簡易精神診断では,「(依頼者は)重度又は中等度知的障害である。」との結論が示され,当該事案は不起訴になっていたことなど,依頼者が完全責任能力であると判断するには疑問が残る複数の診断結果が存在することがわかりました(過去の裁判例では,中等度知的障害者は心神耗弱,重度知的障害者は心神喪失と認定されることが,比較的多いです。)。
そこで,裁判所に対し,上記証拠の内容等を丁寧に引用した上で精神鑑定(脳波測定・血液検査等の必要な医学的検査や,心理学的検査等を十分に行う鑑定)を求める意見書を提出し,精神鑑定を実施してもらったところ,「(依頼者は)中等度知的障害である。その障害が犯行に著しく影響している。」との鑑定結果を得ることができました。
そして,この鑑定書を証拠請求して心神耗弱の主張をしたところ,検察官は争わず,裁判所も心神耗弱を認定して,依頼者には「懲役1年6月」の判決が言い渡されました。
常習累犯窃盗罪の法定刑は懲役3年以上と定められているので(盗犯等の防止及び処分に関する法律3条),心神耗弱認定による刑の減軽(刑法39条)が行われた結果として,このような短期の刑が言い渡されたと言えます(検察官の求刑は,懲役2年6月でした。)。
なお,精神鑑定には,その準備等も含めると約半年の期間がかかりましたが,裁判所は,その期間のほとんどを実際に服役したものとして刑期に算入したので,依頼人が実際に服役しなければならない残期間は,約1年間で済むことになります。
この事案は,起訴検察官がもう少し慎重に簡易精神診断の結果を見極めていれば,おそらく心神耗弱を前提とする起訴がなされていたと思われます(はっきり言えば,完全責任能力を前提とした本件起訴は,証拠を見誤っていたものとしか考えられません。)が,その誤りを正すことこそが,弁護人の大切な役割であると痛感した事件でした。