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死刑判決を受けた被告人自身による控訴取下げの有効性(寝屋川事件)

2020.04.22ブログ

 2015年8月夜,大阪府寝屋川市内のアーケード街を歩いていた中学生の男女2人が消息を絶ち,のちに死体で発見された「寝屋川事件」は,ニュースで2人の映像が繰り返し流されていたこともあり,未だ記憶に残っている読者も多いと思います。
 今回は,この事件で死刑判決を受けた被告人が自ら控訴を取り下げたことに対し,最高裁判所(以下,「最高裁」と言います。)が下した興味深い決定を紹介します。

 寝屋川事件は,2人が消息を絶った翌日の夜に,高槻市の駐車場で男の子の死体が発見され,その約1週間後には,警察官が尾行中の被告人の立寄先(竹林)から,女の子の死体が発見されるという経緯をたどり,被告人が逮捕・起訴されました。
 そして,2018(平成30)年12月19日には,大阪地方裁判所(以下,「大阪地裁」と言います。)が被告人に死刑判決を言い渡しましたが,同日中に被告人の弁護人が,同月31日には被告人が,それぞれ控訴を申し立てました。
 ところが,被告人は,2019年5月18日,自ら,控訴を取り下げてしまったのです。
 被告人が控訴を取り下げた以上,更なる控訴をする権利を失うのが原則です(刑訴法361条)から,大阪地裁の死刑判決が確定するはずでした。

 これに対し,控訴審を担当する弁護人が,控訴取下げは無効であり審理を継続すべきであるとの書面を大阪高等裁判所(以下,「大阪高裁」と言います。)に提出ました。
 そして,大阪高裁(刑事6部:村山浩昭裁判長)は,事実の取調べをした上,同年(令和元年)12月17日,被告人の控訴取下げを無効と認め控訴審の訴訟手続を再開・続行する旨を決定しました(以下,「村山決定」と言います。)。
 村山決定は,被告人の控訴取下げが「無効」であったと判断することによって,死刑判決を確定させず,被告人に控訴審で死刑判決の適否を争う余地を残したことになります。
 そういった意味で,村山決定は,被告人の刑事裁判を受ける権利を手厚く保護しようとする方向に向いた決定であったと評価できます。
 
 ところが,村山決定を不服とした大阪高等検察庁(以下,「大阪高検」と言います。)は,同月20日,大阪高裁に対し,異議(刑訴法428条2項)を申し立てるとともに,最高裁に対しても,特別抗告(刑訴法433条1項)を申し立てました。
 大阪高検は,大阪高裁と最高裁に対し,二本立ての不服申立に及んだということになりますが,おそらく,①高等裁判所の決定に対する異議の申立ができる場合は法律で厳格に制限されており,村山決定のような決定に対し異議の申立ができるかについて最高裁の明確な判断が示されていなかった一方,②最高裁に特別抗告を提起できる期間も5日間に制限されていることから,高等裁判所に対する異議の申し立てができるかについての大阪高裁の判断を待っていては,特別抗告の提起期間が経過してしまう(つまり,特別抗告できなくなってしまう。)危険があることから,この二本立てでの不服申立が必要と判断したのではないかと思われます。

 これに対し,最高裁(第三小法廷)は,2020年(令和2年)2月25日,大阪高検の特別抗告を棄却する決定をしました。
 この結論だけを見ると,大阪高検の主張が受け入れられなかった(つまり,大阪高検が負けた。)と思われるかも知れませんが,そうではありません。
 最高裁の決定は,「高等裁判所が,控訴取下げを無効と認め控訴審の訴訟手続を再開・続行する旨の決定をした場合には,同決定に対しては,その決定の性質に照らして,これに不服のある者は,3日以内にその高等裁判所に異議の申立てをすることができるものと解するのが相当である(刑訴法428条2項,3項,422条参照)。」,「したがって,原決定は,刑訴法433条にいう『この法律により不服を申し立てることができない決定』に当たらないから,本件抗告は不適法である。」と判示したものです。
 つまり,この最高裁の決定は,大阪高検に対し,「村山決定に対しては,大阪高裁に異議の申立てができるので,まずはそちらの判断を待ったらどうですか?」とのお墨付きを与えた決定に過ぎないのです。

 実際,この最高裁決定後の同年3月16日には,大阪高裁(刑事1部)は,大阪高検の異議を受け入れて,村山決定を取り消し,審理を大阪高裁(刑事6部)に差し戻しました。
大阪高検の放った二本の矢のうち一本が功を奏し,結局,大阪高検が期待した結論に落ち着いたということになります。

 今後,大阪高裁(刑事6部)が,どのような判断をするか見守っていきたいと思います。
 余談になりますが,差戻審の裁判長を再び村山裁判長が担当するのかも,とても興味深いところです(村山裁判長は,2014年(平成26年)3月27日,静岡地方裁判所の裁判長として袴田事件に対する再審開始を決定をし,袴田さんの死刑執行及び勾留を取り消して釈放する英断を下したことでも著名な裁判官です。)。
 
 なお,村山決定を取り消した大阪高裁(刑事1部)の決定に対し,今度は弁護人が特別抗告を申し立てています。
 刑訴法は,決定に対する抗告は一度しか許されない建前をとっているため(刑訴法427条参照),抗告と同じ意味合いを持つ異議の申立てに対する決定に対しても,再度の異議の申立てはできないと考えられています(福岡高等裁判所1953年(昭和28年)9月11日決定)。
 したがって,大阪高検による異議の申立てに応えた大阪高裁(刑事1部)の前記決定は,刑訴法433条にいう「この法律により不服を申し立てることができない決定」に当たり,特別抗告ができるという判断になるわけです。

 

★千葉市の弁護士事務所『法律事務所シリウス』より★